実技棟に辿り着いた時には、既に何人かのテロリストは倒されていた。達也と深雪は倒れているテロリストたちには目もくれずに、一人戦っている友人を加勢する事にした。
「お兄様、此処は私が!」
「頼んだ」
深雪としてはこの程度の相手に達也の手を煩わせるのを嫌ったからこその行動だったのだが、テロリストたちからして見ればどっちにしろ痛い目を見る事には変わりは無かったのだ。
「達也、それに司波さん」
「お~いレオ、CAD持ってきたって、もう終わってるわね。これ達也君? それとも深雪?」
「深雪だ。俺じゃこうも手際よくいかない」
「私よ。この程度の敵にお兄様にお手を煩わせる必要は無いもの」
「あはは、相変わらずね」
レオにCADを渡しながら乾いた笑いを浮かべたエリカだったが、状況を聞いて何故だかテンションが上がった。
「テロリストが侵入なんて、かなり面白い展開ね」
「オメェは如何言う思考をしてるんだよ」
「だって高校生活なんて退屈なだけだと思ってたんだもん」
エリカの言葉に、達也と深雪は苦笑いを浮かべ、レオは呆れきったのを隠そうともしない表情でエリカを見ていた。
「それで、実技棟の方は如何なったんだ?」
「あっちは先生たちが鎮圧済みよ」
「随分と数が少ないようだが、こっちは陽動か?」
達也が倒れているテロリストたちを見渡し考え込んだが、すぐに何者かの気配を察知してそちらに顔を向けた。
「小野先生」
「彼らの狙いは図書室で閲覧出来る秘匿技術の資料です」
「遥ちゃん!? 何で此処に?」
緊迫した雰囲気に似つかわしくない呼び方で遥を呼んだレオに、エリカの鉄拳制裁が下された。
そんなコントじみた事をしている友人を前に、深雪はまったく違う事を考えていた。
「(この身のこなし、これは八雲先生の流派…小野先生はいったい……)」
「後ほどお話を聞かせてもらってもよろしいですか」
「却下します……と言いたいところだけど、そんな雰囲気じゃないわね。その代わりと言う訳では無いけど司波君、カウンセラーとしてお願いがあるのだけれど、壬生さんに機会をあげてほしいのよ! 彼女、剣道の成績と魔法の成績のギャップで悩んでて、それで……」
「甘いですね」
「ッ!」
「行くぞ」
遥の職業倫理から出た言葉も、達也はバッサリと切り捨てて図書室へと足を向けた。その達也に黙って付き従ったのは深雪だけで、レオもエリカも不満げだ。
「おい達也!」
「少しくらいは聞いてあげても……」
「余計な情けで怪我をするのは自分だけじゃない。その責任をお前らは背負えるのか?」
「「ッ!」」
普段の雰囲気とは別の、本当の達也の姿を垣間見たような反応を二人は示した。呆れながらも楽しんでいる教室での達也はそこには無く、一切の感情をうかがい知る事も出来ない瞳に、レオもエリカも戦慄したのだった。
図書室の近くまで来たが、そこでも既に乱戦が繰り広げられていた。教師陣が何とか食い止めてるように見えるが、しっかりと見れば食い止められてるのは教師陣の方だった。
「達也! 此処は俺に任せろ!」
CADを起動し、硬化魔法を展開して殴り合いを始めたレオに、達也は一礼して叫ぶ。
「分かった。レオ、此処は任せるから、絶対に食い止めろよ」
「任せろ! パンツァァー!」
達也に任されたのが嬉しいのか、レオはさっきよりも気合の入った声で殴り合いをしている。そんなレオを見て、エリカが呆れたような口調でつぶやいた。
「CADもだけど、アイツってホントアナクロよね」
「逐次展開だもんな」
「全身を硬化してるんですか?」
「あれなら刺されても問題なさそうだな」
走りながらも余裕の三人は、レオの戦闘に対してそれぞれ感想を言い合った。だがそれは図書室棟に入るまで。入り口を見張っていたテロリストは既に達也が無力化しているため、スムーズに入る事は出来たが、そこからは慎重に進まなければいけないのだ。
「誰も居ない……って事は無いよね」
「ちょっと待ってろ。今確認する」
「え?」
達也は一旦入り口傍の小部屋に身を隠して、意識を広げて存在を探った。気配では無く存在を……
「階段下に二人、上りきったところに二人、二階特別閲覧室に四人と壬生先輩か……」
「閲覧室で何をしてるのでしょうか?」
「動きが無い事を考えると、秘匿情報を盗み出してるんだろうな。小野先生が言っていた通りだ」
「スゴ、達也君が居たら待ち伏せの意味が無いわね。それにしてもテロリストだって聞いてたからワクワクしてたけど、結局はこそ泥と大して変わらないのね。夢を返せって感じ?」
「そんな夢は端から見るのが間違ってると思うがな」
「だって滅多に無い機会だもの。少しくらいワクワクしても良いと思わない?」
「俺に聞くな。それにワクワクしてるのは恐らくエリカだけだろ」
達也は呆れた事を隠そうとしない視線をエリカに向けた。その視線に耐えられなくなったのか、エリカは伸縮性の警棒を取り出し待ち伏せているテロリストたちに向かって行った。
「何者だ!」
階段上に居たテロリストが起動式を展開したが、魔法式になる前にそのサイオンは霧散した。もう一人のテロリストは階段を下りている途中で深雪の魔法を喰らって階段から転がり落ちて気絶している。
「あっ……」
「ドンマイ」
可愛らしい声を上げた妹を、達也は優しく慰めた。学園襲撃と言う過激な事に参加してるのだから、このテロリストも脳震盪くらいで済んでよかったのだろうと考えているのだ。
「エリカ!」
「助太刀無用! 此処はアタシに任せて二人は早く閲覧室に!」
「分かった」
そう言った後、達也の身体は壁を跳ね、深雪の身体は宙を舞った。普通では無い方法で階段を上りきった二人に、エリカは感嘆の表情だ。
「ひゅ~さすがね」
「この!」
「はい残念。達也君、ちゃんと手加減したからね!」
図書室棟に入る前に、生徒以外なら加減はいらないと言われていたのを覚えているとアピールするエリカに、達也も深雪も苦笑いを浮かべた。だがそれも一瞬の事で、次の瞬間には二人の表情は真剣そのものになっていた。
閲覧室に向かうまでの間、兄妹の間には一切の会話は無い。そして、二人の目の前に分厚い装甲で覆われた閲覧室の扉が現れるのだった。
講堂での騒ぎを鎮圧した摩利は、特殊能力で状況を把握しているであろう悪友に尋ねた。
「真由美、戦況は如何だ?」
「問題無し。達也君と深雪さんがしっかりと敵を制圧していってるわ」
「そうか、ならアタシはこの周りにまだ敵が居ないか見回ってくるかな」
「それも大丈夫よ。十文字君が先頭にたって辺りを制圧してるから」
真由美が戦況を詳しく把握していた所為で、摩利はする事が無くなってしまったのだった。
「司波兄妹は想像以上の戦果だな」
「お友達も手伝ってくれてるようだけど、やっぱり達也君と深雪さんは規格外の戦闘スキルね」
「ほう、兄だけでは無く妹の方もそんなに凄いのか。一度手合わせしてみたいものだ」
「摩利、分かってるとは思うけど、簡単に模擬戦の許可は出せないからね」
「九校戦の練習の時にでも機会を見つけるさ」
「あんまり邪魔しないでね」
まだ各地で戦闘中だと言うのに、学園三大権力者の二人は暢気にそんな事を話しているなどと、最前線に居る達也と深雪は思いもしなかっただろう。
入学編もいよいよ佳境です