劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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忙しいのはやっぱりお兄様……


表の準備と裏の準備

 翌朝の登校前、達也は深雪を伴って八雲の許を訪れた。二人とも朝練に備えた格好をしているが、実は昨晩、相談したい事があるので今朝の稽古は中止したいと伝えてあった。ところが山門をくぐった途端、門人の群れが達也へ襲い掛かった。

 それを迎え撃つ達也の表情は、特に不快感を覚えているようでも無い。どうせこんな事だろうと予想していたからだ。何時もの格好をしてきたのはその為だった。ただ彼も気が急いているのは否めない。今日の相談は簡単に結論が出せる類のものではないのだ。結果として達也は八雲の弟子たちを最短時間で、つまり容赦なく叩き伏せた。

 八雲は僧坊の階段に腰を下ろし、こちらを見ていた。深雪を背後に従え、達也がその前に歩み寄って行く。

 

「おはようございます、師匠」

 

「おはようございます、先生」

 

「やあ、おはよう。じゃあ、中で話そうか」

 

 

 座っていた階段から立ち上がり僧坊の中へ進む八雲の背中を、達也と深雪は少し憮然とした表情で追いかけた。達也に続いて深雪が中に入ると扉が自動的に閉まった。想子が動いた形跡は無かったから、見かけによらず自動開閉になっているのだろう。もしかしたら人力、つまり弟子が外から閉めたのかもしれない。

 

「これは結界ですか?」

 

「内緒話だからね」

 

「深雪、頼む」

 

「かしこまりました」

 

 

 深雪は兄の考えをすぐさま汲み取って、電磁波と音波を完全遮断する障壁を構築した。

 

「悪いね」

 

 

 この対応に八雲は苦笑い気味だ。どうやらこの結界は内緒話に臨む際の習慣的な物だったようだ。

 

「師匠、この度は面倒な案件を持ち込んでしまい、申し訳ございません」

 

「九島も随分危険な事を考えたものだね。今更言うまでも無いだろうけど、ただでさえスティープルチェースは危険な競技だ」

 

「やはり先生もそうお考えなのですね」

 

 

 相槌を打つ深雪の声は微かに震えていた。地下深くで鳴動するマグマのような、激しい憤りを秘めた口調だった。

 

「この危険な競技を新兵器の性能試験に使おうなんて、正気を疑いたくなる話だよ」

 

「九島家が計画している実験について、師匠は既にご存じだったのですか? 例えば、新兵器の正体とか」

 

「P兵器、という符牒だけは分かってるんだけどね。残念ながら詳細は不明だ」

 

「……先生でもお分かりにならないのですか?」

 

 

 深雪が半信半疑の口調でそう訊ねる。八雲が調べても分からなかったというのは俄かに信じがたい事だった。――達也が弟子入りするまで兄妹の素性を八雲は突き止められなかったのだが、自分たちの事を棚に上げているとこの時、彼女は気付いていない。

 

「まだ分からないなぁ。風間くんなら知っているんだろうけど」

 

「少佐が情報を握りつぶしていると?」

 

「その言い方は正確じゃないね。彼には僕たちに情報を流す義務が無い。とにかく九島が行おうとしている試験の中身が分からない事には、具体的な対策が立てられないな……」

 

 

 八雲はそうぼやいてみせる。だが彼の瞳は挑戦的な光を放っていた。P兵器の正体などすぐに突き止めてみせる、という自負の光だ。

 

「まずは調査ですか」

 

「そうだね」

 

 

 そういう八雲の思いは別にしても、具体的に何をしようとしているのかが分からなければ対応の方針も決められないという指摘は異論の余地が無い物だった。達也の相槌に近い問い掛けに八雲が頷き、続けて目的地を告げた。

 

「奈良に行く必要があるだろうね」

 

「旧第九研ですね」

 

「僕たちには因縁の場所だ」

 

 

 第九研を巡る古式魔法師と「九」の数字付きとの確執は達也も知っている。八雲が何時に無くやる気になってくれているのは、あるいはその所為か……八雲の積極姿勢を見て、達也はそんな、少々ひねくれた事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 七月五日、九校戦競技新要領の通知から三日目の昼休み。達也は生徒会室で一高生のデータを見ていた。この非常時に学校など……という思いが無くもなかったが、九校戦に備えた表の準備も非常事態の様相を呈している。平日は裏の対応を八雲に丸投げする事にして、達也は表側に注力しているところだった。

 達也を含めた生徒会役員。プラス部活連会頭の服部が見ている資料は九校戦の選手選考用に実技成績を纏めたものだ。種目が今年も変わらないという前提で使用した物だが、実技テストの全データが網羅されているので新種目の選手選定にも使えるはずだった。

 

「アイス・ピラーズ・ブレイク、ミラージ・バット、モノリス・コードの出場選手は重複種目を調整するだけで良いと思うが、どうだろう?」

 

「それで良いと思いますが、本戦のピラーズ・ブレイクはソロとペアの組み分けが必要です」

 

「女子は司波さんがソロ、千代田と北山がペアで良いんじゃないか?」

 

「男子はどうしますか?」

 

「男子は選手三人の間に殆ど力量差が無いからな。実際にペアを組ませてみて、相性で決めるべきだろう」

 

「賛成です」

 

 

 生徒会役員が全員揃っているのにもかかわらず、会話は服部と達也の間でしか行われない。口を挿む余地が無い、というわけでは無く、この二人に任せておけば問題無いとだれしもが思っているのだ。

 

「ロアー・アンド・ガンナーはスピード・シューティングの代表候補とバトル・ボードの代表候補から選べばいいと思うが」

 

「ペアはそれで良いと思いますが、ソロは高いレベルでマルチ・キャストの技術が要求されます。そこを考慮する必要があるのではないでしょうか」

 

「なるほど。では、射撃技能と漕艇技術のどちらを重要視するべきだと思う?」

 

「ロアー・アンド・ガンナーのボートはバトル・ボードのボードより安定性が見込めますから、移動しながらの射撃技能を重視すべきと思います」

 

「そうすると、該当するクラブはSSボード・バイアスロン部、狩猟部、それから……」

 

 

 この昼休みに集まった目的である選手の再選考は、この様に殆ど服部と達也の会話で進められて行き、会長のあずさは結局一言も発する事無く再選考が終了したのだった。




真面目な服部と有能な達也のお陰で、九校戦のメンバー再構成は速攻で終了……

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