劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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この「超」はIFに掛かります


超甘IFルート 真夜編

 誕生パーティーから戻り玄関の扉の前に立った達也が顔を顰めたのを見て、深雪と水波は首を傾げた。別に悪臭がするわけでも無く、視界に入る限り不快に思う光景は二人には確認出来なかったのだから。

 

「お兄様、何かございましたか?」

 

「いや……勘違いならそれで良いんだが……」

 

「達也兄さまが勘違いをなさるとは思えませんが」

 

 

 今回に限り、水波は達也の勘違いだというべきだったのかもしれない。水波の答えを聞いた達也の顔が、更に厳しいものに変わったのを見て、水波はそう思った。

 

「まぁ、入れば二人にも分かるだろう」

 

 

 達也が扉を開き一歩中へ入ると――

 

「お帰りなさい、たっくん」

 

 

――四葉家当主、四葉真夜がそこにいた。

 その姿を確認した深雪と水波は、さっきまでの雰囲気から一変し緊張した面持ちで真夜に挨拶をする。

 

「叔母様、何故ここにいらっしゃるのでしょうか」

 

「ご当主様がいらっしゃるという事は、葉山さんも何処かにいらっしゃるのですか?」

 

 

 挨拶というより質問になってしまったが、真夜はその事を咎める事は無く笑顔で答える。

 

「何故ここにいるのかは、水波ちゃんの仕事っぷりを抜き打ちでチェックしに来たのと、たっくんのお祝いに来たのよ。葉山さんは帰ってもらったけどね」

 

「叔母上、毎回葉山さんにご迷惑をかけるのはどうかと思いますが」

 

「大丈夫よ。葉山さんは私の味方なんだから」

 

「………」

 

 

 つまり葉山も喜んで真夜の願いを聞いているのかと理解した達也は、言葉を失い視線を深雪に向ける。裏ではどうあれ表向きでは達也は真夜に話す事すら許されていないほどの立場なのだ。

 

「叔母様、抜き打ちチェックと仰られましたが、評価はどのように判定するのでしょうか?」

 

「そうねぇ……明日の朝にでも水波ちゃんが作った料理を食べて判断しましょう。そういうわけだから深雪さんは明日の朝はのんびりしてちょうだい」

 

「明日の朝、ということはご当主、本日はお帰りになるのでしょうか?」

 

「何で? このままたっくんの部屋に泊まるに決まってるじゃない」

 

「「はっ?」」

 

 

 当主の前で深雪と水波は見せてはいけない顔を見せる。その表情を見て、真夜は悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべていた。

 

「明日の朝じゃ抜き打ちにならないのでは」

 

「別にいいのよ。今から食材を集めるなんて不可能でしょうし、この家にある食材でどう楽しませてくれるのかがポイントだから」

 

「……水波のチェックは口実ですよね?」

 

「ん? 何の事だが、真夜ちゃん分からないなー? さぁたっくん! 一緒にお風呂に入って一緒に寝ましょう! 昔持てなかった交流を、今こそ」

 

 

 本当なら深雪と水波が全力で阻止する場面なのだが、相手は当主であり逆らってはいけない人なのだ。深雪と水波は血涙でも流すのではないかと思うくらい顔に力が篭っているように達也には見えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 八雲の寺から帰って来た達也を出迎えたのは、深雪一人では無く真夜も一緒だ。水波はついでとはいえ真夜に食べさせる朝食の準備で忙しいようだ。

 

「お帰りたっくん。これ、タオル」

 

「ありがとうございます、叔母上。深雪、少しシャワーを浴びてくるよ」

 

「はい、ご用意出来ております」

 

 

 達也に着替えを手渡し真夜に勝ち誇った顔を見せる深雪。だが真夜はその上を行っているのだ。

 

「じゃあ私もたっくんと一緒にシャワーを浴びようっと。寝汗で気持ち悪いし」

 

「この時期に人に抱きついて寝るからですよ……」

 

「だって隣にたっくんの匂いがあったら抱きつきたくなるでしょ? それがたっくん本人だったら尚更」

 

 

 それはどうなのだろうと首を傾げた達也だったが、その隣では深雪が力強く頷いており、そしてまた血涙を流しそうな勢いで泣いていた。

 

「さぁたっくん! 昨日の交流の続きと行きましょうか」

 

「汗くらいなら深雪の魔法で!」

 

 

 CADを素早く操作し、達也と真夜の汗を吹き飛ばした深雪。その速さに達也は賞賛の眼差しを、真夜はつまらなそうな視線を向けたのだった。

 

「相変わらず魔法の精度も完璧ね、深雪さん。でも、今はそんな事してくれない方が良かったのに」

 

「ですが叔母様、例え叔母と甥とはいえ、この年齢で一緒にお風呂などというのははしたないのではありませんか?」

 

「子供の頃に出来てれば、私だってこんな事しません。でも、姉さんが許してくれなかったし」

 

「あの、ご用意出来ました」

 

 

 玄関で口論を始めそうになっていた二人に、水波が遠慮がちに声をかける。水波にとって真夜も深雪も主に違いないので、どうしても強く出られないのだ。

 

「じゃあたっくんの隣は私ね」

 

「普通に食べてくださいよ? 水波が頑張って作ったんですから」

 

「たっくんは水波ちゃんにも優しいのね。穂波さんに似てるから?」

 

「……桜井さんは関係ありません。水波は妹のような感じですから」

 

 

 視線を逸らし、何かを誤魔化すように言う達也を、真夜は可愛いと思っていた。達也の初恋だと思われる相手は、もうこの世に存在しない。真夜は達也の気持ちを知っていながら水波を達也たちに任せたのだ。

 

「じゃあたっくん、食べさせて」

 

「はい? お行儀が悪いように思いますが」

 

「いいじゃん! ここは四葉家じゃないんだし、少しくらいお行儀が悪くても」

 

「何処であろうと、さすがにやり過ぎだと思いますが」

 

「むー……じゃあ一回だけ」

 

「一回だけ、ですからね」

 

 

 真夜の精一杯の譲歩だろうと判断した達也は、一回だけ真夜に食べさせる事にした。さすがに自分の箸を使うわけにはいかないので、真夜の為に用意された箸を使い真夜の口に料理を運ぶ。

 

「うん、なかなか美味しいわね。さすがは水波ちゃん」

 

「恐縮です」

 

「でも、たっくんに食べさせてもらったかもしれないからもう一口だけ」

 

 

 そう言って真夜は、置いてある達也の箸を使い自分の手でもう一口食べる。

 

「「あぁ!」」

 

「叔母上の箸はこちらですが」

 

「うん、美味しい。たっくん、はいお箸」

 

 

 自分が口を付けた箸を達也に渡して、真夜は深雪と水波に勝ち誇った顔を見せる。洗えば良いという事を完全に失念した深雪と水波は、今度は本当に血涙を流したのだった。




あれ、おかしいな……「超IF」のはずだったのに「超甘」でも当てはまるような……
あっ、今回のIFはこれで終わりです。

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