劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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一人だけ凄い先に進んでるような……


IFルート 響子編 婚約

 生徒会の仕事も無く、深雪はエリカたちと買い物へと出かけている。去年までならその中に達也も含まれていたのだが、今年からはそういった場面には水波が同行する事になっているので、達也は珍しく暇を持て余す予定だったのだが、不意な来客でその予定は脆くも崩れ去った。

 

「何か緊急の案件でも?」

 

「ううん、暇だったから遊びに来たのよ」

 

「……独立魔装大隊以外にも所属してますよね? その全てが休みなのですか?」

 

「そっ、珍しいでしょ」

 

 

 急な来客――藤林響子にお茶を出して、達也は向かい側に腰を下ろしため息を吐いた。意外と茶目っ気のある響子の相手は、達也でも精神的に疲れる時があるのだが、今日はそのパターンのようだった。

 

「この間の件の謝罪をと思ってね」

 

「謝罪? 少尉から謝罪を受け取るような事は無いと思うのですが……」

 

「祖父の件よ。七草家ご当主の企みを見て見ぬふりをして達也君に迷惑を掛けたでしょ? だから謝罪よ」

 

 

 九島烈が七草弘一の企みを見て見ぬふりをした事は確かに響子から聞いている。だが達也はその事で謝罪を受け取る立場には無いと思っているのだ。

 

「迷惑を被ったのは一高全体ですし、細かくいえば教員の方でしょう。俺はそれを利用したんですから、こちらから感謝こそすれ謝罪を受けるような身分ではありません」

 

「それは達也君だから言える事でしょ? 普通の高校生だったら、あんな有効な手を打つ事は出来なかったと思うの。多分だけど、達也君、卒業と同時に大企業から引く手あまただと思うわよ」

 

「卒業と同時にFLTへ就職するか、四葉家に入る事になるでしょうし、全て断りますよ」

 

「それは残念ね。君なら優秀な魔工技師になれるだろうし、もちろん戦闘員としても優秀だと言われると思うのに」

 

 

 既に前線に出て戦った事のある達也にとって、後半の評価は響子が今思っている事なのだろうと解釈した。だが彼は魔工技師にも戦闘員にもなれない未来を既に受け容れており、その未来に不満は無いと割り切っている。いくら周りがとやかく言おうが、四葉家の人間を簡単に引きぬけるとは誰も思わないだろうし、達也本人も思っていない。その事がもったいないと響子は本気で思っているのだ。

 

「いっそのこと四葉家から出ちゃえば?」

 

「簡単に言ってくれますが、俺の魔法は余所に出た時点で大問題なんですよ?」

 

「だから、達也君の秘密を隠し通せるような家に匿われるとかすればいいんでしょ?」

 

「そんな簡単に見つかると思ってるんですか? 四葉家の力が無ければ、俺が普通の魔法師では無いという事は既にバレているでしょうし、俺と深雪が四葉の人間だという事もバレているでしょうね」

 

「まぁ、四葉家には劣るかもしれないけど、それに匹敵するくらいの秘密保持をしている家を一つ知ってるわよ」

 

「……まさかとは思いますが、九島家とか言いませんよね?」

 

「正解。正確には藤林家もなんだけどね」

 

 

 つまりは自分と結婚して、婿入りすれば良いという提案なのだが、達也はその提案に肯定も否定もせずに響子を視界にとらえて微動だにしなかった。

 

「ダメ?」

 

「ダメと言われましても……俺の自由には出来ない問題ですからね」

 

「ご当主様や深雪さんは説得するわよ」

 

「まぁ、その二人が陥落すれば分家の人たちは歓迎するでしょうね。俺を四葉から追い出したいみたいですし」

 

 

 黒羽姉弟や津久葉夕歌など、分家筋でも達也を認めている人間は確かに存在するのだが、他の人間は彼を似非と見下し、使用人かそれ以下の扱いをしている。達也もそれに抵抗するつもりも無く甘んじているのだが、公にそのような態度を取れば、現当主と次期当主候補筆頭に捻り潰される可能性があるので、あからさまな態度は分家筋の人間も取ってはいない。例外的なのは青木くらいだろうか。

 彼は達也が真夜や深雪から認められている事を知りながら、達也の事を見下し、事あるごとに罵声を浴びせたりしている。現在は多少マシになりはしたのだが、やはり何処か見下したような雰囲気は醸し出している。

 響子は四葉家の内情までは詳しく知らないが、達也がそういった扱いを受けている事は知っている。だから自分の家に婿入りをし、自由とそういった雰囲気からの解放を提案したのだ。

 

「別に藤林家じゃ無くても、四葉家から分離した司波家でも良いわよ?」

 

「……当主を退いた叔母上が遊びに来るかもしれませんね、それだと」

 

「祖父と関係が無いから? あっても来るのではないかしら? 四葉家のご当主様は達也君の事が大好きなんですものね」

 

「とりあえずは、今の立場ですと深雪が当主の座を継いだら俺は影として一生を終えるでしょうね。ガーディアンなんてそんなものですし」

 

「だから、深雪さんが当主の座を継ぐ前に、達也君の立場を確立させたいの。この際どっちの家でも良いから、私と婚約してくれないかしら」

 

「婚約って……表向き俺は普通の魔法師の家系の人間なんですよ? 高校二年で婚約なんて、何処の名家だと疑われます」

 

「藤林家は間違いなく古式魔法の名家よ。だから問題はないと思うわ」

 

「……響子さんはともかく、俺は問題ありだと思うのですが」

 

 

 十師族でも無い自分が、いきなり婚約などすれば間違いなく目立つ。それも悪目立ちすると懸念している達也なのだが、響子はその事は気にしなくても大丈夫だと言い張る。理由は分からないが、響子は意地でも達也と婚約したいらしい。

 

「何故焦る必要が?」

 

「だって! 早く達也君との関係を確固たるものにしたいの! 家の事情で引き裂かれるなんてフィクションの世界だけで十分よ」

 

「……分かりました。今すぐは無理ですが、いずれ――」

 

「今すぐ! じゃ無きゃダメなの!」

 

「……分かりましたよ。藤林響子さん、俺と結婚してください」

 

 

 多少強引ではあったが、響子は達也からその言葉を引き出した。懐に忍ばせていたボイスレコーダーの存在は達也に気づかれていたのだが、これで言質は取ったと言わんばかりに、響子は達也に口付けをしてボイスレコーダーを見せつける。

 

「もう、達也君は私だけのものだからね」

 

「……せめて水波が一人前になるまで待ってくださいよ」

 

 

 ガーディアンとしての任は最後まで務めると決めていた達也は、それだけは譲れなかったのだ。その代償として、響子は数日間達也の部屋で生活し、水波の指導を手伝ったのだった……その所為で深雪の機嫌が悪かったのだが、響子は気づかないフリをし続けて達也との甘い時間と水波の指導を続けたのだった。




さすが大人な響子さん……

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