十三束との戦闘の後、念の為と言う事で達也は保健室を訪れていた。何も問題ない事は達也本人が一番理解しているのだが、ほのかと雫が懇願し、対戦相手の十三束も行った方が良いと提案してきたので、仕方なく達也は訪れたのだった。
「あらあら、いらっしゃい。待ってたわよ、達也君」
「まるで俺が来るのが分かってたようですね、怜美先生」
「そりゃ彼氏の事ですもの。分かってたに決まってるでしょ」
怜美は達也限定で気配を確実に掴む事が出来る。その結果が達也が足を踏み入れた瞬間に声を掛けてくるという事に繋がったのだが。
「十三束くんのセルフ・マリオネットを受けたんでしょ? すぐに確認するからここに横になってちょうだい」
「……そこは怜美先生の膝のように見えますが?」
「うん。だから恋人が耳かきするように確認するから。ほら、遠慮しないの」
一応周りに気配が無い事は達也も確認している。だが、万が一があるので達也はさっきから怜美「先生」と呼んでいる。だが怜美は既に達也しか眼中にないのか、名前呼びの上に周りを気にする素振りすらない。
「一応学校なんですから、少しくらい遠慮した方が良いのではないですか? 怜美先生だって問題行為で解雇されたくは無いでしょ?」
「達也君と付き合ってる事は、一部の先生たちに知られちゃってるし、君の『御実家』の力でどうとでもなるでしょ?」
「……あまり叔母上に借りを作ると、そのうち破滅しますよ」
四葉家当主であり、達也の叔母に当たる四葉真夜は、達也の事を溺愛しており、その達也が選んだ相手を渋々ながらも認めている。だが、隙あらば達也を自分の手元に置こうと計画してる節が見られる為、達也はなるべくなら恋人関係で真夜を頼るのは避けたいと思っているのだった。
「じゃあ今夜私の部屋に来て。深雪さんは説得しておくから」
「毎回不思議なのですが、どうやって深雪に納得させているんです?」
「それは、女同士の秘密なの。いくら達也君の頼みとはいえ、これだけは教えられないから」
「別に問題が無ければそれでいいんですが……」
怜美と付き合ってからと言うものの、達也は二人っきりで出かける際の深雪の説得を怜美に任せている。最初の方は達也が説得していたのだが、何時の間にか怜美が担当する事になっており、その方が後日深雪に付き合う必要が無くて時間的余裕が生まれるのだ。
「それじゃ、今夜。何時もの時間にね」
「分かりました。それでは失礼します」
保健室から退室し、達也は生徒会室へと向かった。決闘の所為で仕事が滞っている為、この後作業が待っているのだった。
約束の時間の十分前に、達也は怜美の部屋に到着していた。愛用の電動二輪を駐輪場に停め、達也は怜美の部屋のインターホンを鳴らした。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
「随分と早いですね。まだ時間前なのに」
「達也君の事を今か今かと待っていたら、時間なんてあっという間よ」
「そういう事にしておきましょう」
達也が訪ねたのは反応速度だったのだが、怜美は別の意味で答えているようだった。達也もその事は気づいていたが、余計な時間を使うのは互いの為ではないという事で余計な事は口にしなかった。
「それにしても、十三束くん相手に術式解散を使ったんでしょ? 他の人にバレなかったの?」
「深雪以外は、俺本来の魔法を知りませんから。ほのかと雫は術式解体だと勘違いしてくれてますし、服部会頭や沢木先輩たちは十三束の接触型術式解体を吹き飛ばすだけのサイオンを俺が有していると気づいていますから」
「でも、君本来の魔法『分解』にたどり着くだけの情報が無い、か……相変わらず危ない綱渡りをしてるわね」
「別にそこまで危ないわけじゃないさ。それこそ、怜美が気にするほど危険は無い」
「やっと敬語を止めてくれたわね。さっきからずっと敬語だったから、もしかして忘れてるんじゃないかって思ってたわよ」
怜美と達也の間で取り決められている一つとして、互いの家、もしくは部屋では達也は敬語を使わないというルールが存在している。だがこの部屋に来て暫くは、達也は敬語を使って怜美と話していたので、怜美はそのルールを達也が忘れているのではないかと警戒していたのだった。
「別に忘れてた訳ではないが、普段から敬語を使ってるからな……いざ変えろと言われると違和感をぬぐえないんだよ」
「せっかくお付き合いしてるんだし、彼氏には敬語なんて使ってもらいたくないもの。それに、達也君に呼び捨てにされる権利は、深雪さんを除けば私だけの特権だったはずなのよ……それが、水波ちゃんが来て、香澄ちゃんと泉美ちゃんが現れた所為で……」
「ほのかや雫、エリカや美月も呼び捨てだぞ、俺は」
「あれはお友達としてでしょ! 私は彼女として呼んでもらってたのに……それに、その四人は私より先にその呼び方で定着してたから仕方ないけど、水波ちゃん、香澄ちゃん、泉美ちゃんは私より後に達也君の前に現れたのよ! それなのに無条件で呼び捨てにされるなんて……ズルイわよ!」
言っている事が支離滅裂になりかけている怜美に対し、達也は一つため息を吐いて彼女を抱きしめた。
「こんな事をしたり、二人っきりで部屋で過ごすのは怜美だけだ。深雪や水波だって滅多にこんな事はしない」
「当たり前よ……達也君の彼女は私なんだから……妹さんや従妹扱いだからって、達也君と一緒に過ごさせてあげないんだから」
「まったく……独占欲の強い彼女だ」
「いや?」
上目遣いで達也に問いかける怜美に対し、達也は普段見せない笑顔で首を左右に振った。
「嫌じゃないさ。俺は怜美の事が好きだからこうしてるんだから」
「うん……ねぇ、一緒にお風呂に入りましょう」
「仕方ないな。肯定しなければ帰さないんだろ?」
「うん」
満面の笑顔で頷く怜美に、達也は困ったような笑みで返した。しかし本気で困っているのではない事は、怜美にはしっかりと伝わっているのだった。
どうやって深雪を説得してるのだろう……