劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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強力な説得だ……


実力者同士

 自分の前まで歩み寄ったのに、十三束が口を閉ざして何も言わなかったので、達也は自分から水を向ける事にした。

 

「……何だ?」

 

「司波君、僕と試合をしてくれないか!」

 

「何故?」

 

「君の実力を七宝に見せてやってほしいんだ!」

 

 

 熱く燃える眼差しで十三束が達也を見つめる。彼はきっと、男気に答えて頷いてくれる達也の姿を思い描いているのだろうが、達也は困惑を深めただけだった。

 

「訳が分からないんだが?」

 

「ええと、そうか。唐突過ぎだよね。つまり……」

 

「本当の実力者同士の試合を、七宝に見せてやってくれないか」

 

 

 あたふたしている十三束から説明を引き継いだのは服部だったが、これだけでは相変わらず意味不明だった。

 

「本当の実力者同士を見せるなら、服部会頭と沢木先輩の試合の方が適してるのではありませんか?」

 

「司波、お前の実力を見せる事に意義があるんだ」

 

 

 服部の説明は、到底十分なものでは無かった。だがここで、十三束や服部にとって頼もしい援護射撃が二発と、強力な援護射撃が一発放たれた。

 

「達也さん、そろそろ後輩に実力を示すべきだと私も思う」

 

「そうですよ! 何時までも達也さんを軽んじている後輩に、実力を見せつけるべきです!」

 

「お兄様、よろしいのではありませんか? 下級生に模範を示すというのであれば、生徒会役員に相応しい役目だと思います。私もそろそろ、お兄様にお力を示していただきたいと思っていたところです」

 

 

 雫、ほのか、深雪の動機は、明らかに十三束たちとは異なっていた。特に深雪は笑顔の裏に苛立ちが積りに積っている。それは達也に「放置しておくとまずい」と思わせるレベルであり、雫とほのかも強い眼差しで達也を見ている。これは何を言っても鎮める事が出来ないと達也も理解した。

 

「……お前たちがそう言うのなら」

 

 

 達也の決断は十三束にとっても望ましい物であるはずだったのだが、何故か十三束は気持ちが白けて行くのを抑えられなかった。その感情は彼一人のものでは無かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服部がこの部屋の予約時間を引き延ばしたのは、最初からこの為だった。この場の三年生は既に試合の計画を知っていた。試合の許可も下りており、場を整えればすぐに試合を始められる状態だった。

 

「お任せ下さい」

 

 

 床いっぱいに散らばった紙屑の掃除を請け負ったのは深雪。彼女がCADを操作すると一瞬のタイムラグもなく室内の気流が緩やかに動き始める。あっという間にゴミを一ヶ所に集め、深雪はその紙屑を部屋に備え付けられている掃除機に吸い取らせた。

 深雪の魔法を見て、琢磨は衝撃を受けていた。彼女が見せた魔法は、紙片を硬化させる工程を除けば、琢磨のミリオン・エッジを技術的に上回っていた。

 

「司波君はそれで良いの?」

 

「ああ、問題無い。靴は脱いだ方が良いか?」

 

「いや、そのままで構わないよ」

 

 

 達也は上着を深雪に預けたが、後は制服のままだ。靴を脱がなくて良いと言う事は、硬い靴を履いたまま蹴りを使っても構わないという意思表示だった。

 達也と十三束が中央で向き合う。審判は引き続き服部。だが今回ルール説明は省かれた。

 

「二人とも、準備は良いか? それでは、始め!」

 

 

 服部の合図と同時、達也と十三束は同時に床を蹴る。前の試合とは打って変わり、十三束は積極的に自分から達也へ向けて攻撃した。だが、達也の後退速度はそれ以上に速かった。一気に演習室の端まで跳躍し、拳銃形態の特化型CADを十三束に向ける。装填されているのは分解魔法、雲散霧消。深雪がぎょっとした顔をしているのに構わず、達也はCADの引き金を引いた――何も、起こらなかった。

 

「(やはりな)」

 

 

 青ざめた顔で口に手を当てている深雪とは裏腹に、達也は予想通りと言う表情で十三束の自己加速魔法に後押しされた正拳突きを横に飛んで躱す。強がりでは無く、彼は雲散霧消が無効化される事を予測していた。

 

「(接触型術式解体か……思った以上に面倒な代物だ……)」

 

 

 達也が使う術式解体が大砲なら、十三束が使う接触型術式解体は鋼の城壁。しかもその壁は情報体としての構造を持たない。間接的に魔法で起こした事象で攻撃するのならこの想子の鎧は無関係だが、達也は後付けされた低出力の仮想魔法領域を使わない限り、対象に直接作用する魔法しか使えない欠陥魔法師だった。

 五度目の突進を躱されて、十三束の中に焦りが生じた。レンジ・ゼロと呼ばれている彼に、遠距離魔法の持ち球は無い。だがその分、近距離魔法の技能は人一倍磨いているつもりだったが、その攻撃を易々とさばかれている。魔法ではなく、魔法と体術の複合技能によって。

 

「(予想はしていたけど、これほどとはね……だけど負けない。この距離で負けるわけにはいかない!)」

 

 

 十三束の意識から七宝の事が消える。この試合の目的も、自分の役割も意識の中から薄れて行く。彼の意思は、ただ勝利へと収斂していた。

 

「二人とも凄いな! 十三束の腕は知っていたが、司波君がここまでやるとは」

 

「俺は司波兄に負けていない十三束の腕に驚きだぜ」

 

 

 上級生の会話を聞きながら、幹比古はただ驚嘆していた。彼の意見は桐原と同じだ。まさか格闘能力で達也に匹敵する同級生がいるとは思っていなかった。達也が苦戦するのを、幹比古は初めて見たような気がした。

 既に達也は十三束の攻撃をただ躱すだけでは済まなくなっていた。反撃をしなければさばききれないところまで来ている。右手にCADを握っている分、達也にはハンディがある。試合のルール上CADで殴りつけるわけにはいかないからだ。だが、それを差し引いても、十三束の猛攻は着実に達也を追いつめていた。

 ふと気になって、幹比古は隣へ目を向けた。そこでは雫、ほのか、深雪が心配そうに達也を見つめており、深雪に至っては余裕のない表情であると幹比古には感じられたのだった。




十三束も十分強いですが、それ以上に強いお兄様……琢磨の受ける衝撃はいかほどなものか……

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