四月二十七日金曜日。琢磨は学校を休んだ。彼は今年の新入生総代であり、一年生の間では有名人だ。昨日起こした騒動も知っている同級生は多かった。その翌日の欠席だ。一年生のフロアでは様々な噂が流れた。
――七草姉妹にやられて寝込んでいる。
――いいや、寝込んでいるのは上級生の制裁を受けたからだ。
――怪我はしていないが試合に負けたショックで引き籠っている。
――試合には勝ったが騒動を起こした責任をとって自主的に自宅で謹慎している。
――結局謹慎処分を受けて、自宅で上級生相手に下剋上を企んでいる。
こういう時は、大体悪意に基づくものの方が多い。ただその中には事実に擦っているものもあった。
『達也兄さま。本日、七宝琢磨は欠席です』
そう言うわけで、水波が律儀にメールで知らせてくれる前に、達也はその事実を知っていたし、その理由もほぼ正確に推測していた。琢磨は謹慎処分を受けていない、これは推測では無く事実。噂で正しい部分は、上級生との試合に備えているという箇所だ。七宝家固有の術式とも言えるミリオン・エッジはCADを使用せずに発動する群体制御魔法。その本質は予め魔法を発動直前の待機状態に置いておき、術者の想子をキーとして発動する条件発動型遅延術式だ。
ところで、水波が琢磨の動向を伝えてきたのは、彼の背後関係の調査に達也が関わる事を決めたからだ。こちらが学校に縛り付けられている間に、琢磨が黒幕とコンタクトを取るのではないか、と水波は心配しているのだが、それは杞憂だと達也は思っている。今日は金曜日、魔法科高校生でなくても、ティーンは普通学校に行っている時間だ。ウロウロと出歩いていたら補導されないまでも目立ってしまう。陰謀をめぐらせているつもりの琢磨は人目につくのを嫌うはずだ。背後にいる者と接触するのは夜になってからだろうと達也は考えていた。
第一、響子たちが監視しているのだから、何かあればそちら経由で連絡が入る。夜になるまで、達也は高校生らしく学業に集中する事にした。
帰宅後、珍しく授業の復習をしていた達也は、机の端でなったアラームに目をやった。響子からの合図だ。どういう手段で監視しているのかは聞いていないが、独立魔装大隊は人手が少ない部隊だから、人力ではあるまい。おそらく街路カメラの個人識別システムに侵入して琢磨の外出を見張っていたのだろう。
もしそうだったら公共システムを不正使用したプライバシー侵害の共犯になるのだが、達也には全く罪悪感が無かった。モラルを棚上げにして、というよりも最初から意識もせずに達也は椅子から立ち上がった。もちろん、響子に合流する為だ。
「お兄様、私も一緒に」
「達也さま、私もお供します」
「ダメだ。二人は留守番をしていてくれ。そんなに遅くなるつもりは無い」
深雪と水波に留守番を言い付け、決してついてこないように視線で命じ、達也は電動二輪にまたがった。
暫く電動二輪で移動して、達也は響子と合流して琢磨の後を追った。彼は高級マンション街を構成する中層ビルに姿を消した。琢磨が尾行を察知した様子は無い。一応誰かに見られていないか気にしていたようだが、目の配り方が如何にも素人で甘かった。
「どうやら七宝家のご当主は、ご子息に軍事的な訓練を課していらっしゃらないようね」
「軍事的というか、カテゴリー的に諜報員としての訓練ですけどね。ところで、何故藤林少尉だけでなく真田大尉がここに来てるんですか?」
達也は駅でバイクを止めて、今は大型セダンの後部座席で琢磨の入って行ったマンションを監視している。その隣には膝の上に卓上サイズの情報端末を載せた響子が、フロントシートには大型のタブレットを操作している真田の姿があった。
「才能があって十師族と折り合いが悪いっていうなら、僕たちの部隊にピッタリだからね」
前部座席から振り返って真田が答える。達也は意外感に軽く眉を持ち上げた。
「あいつを独立魔装大隊にスカウトするおつもりですか?」
「あら、達也君は嫌かしら? 貴方が七宝君の事を気にいらないというなら、仕方がないから諦めるけど」
「なんですか、その俺に決定権があるみたいな仰りようは」
「だってねぇ、『大黒竜也特尉』は我が隊の最大戦力ですもの。そのご機嫌を損ねるわけにはいかないでしょう」
これはもちろん、響子の冗談である。しかしここでムキになるとろくな結果にはならない。達也は直感的にそう思った。
「……別に俺は七宝の事を嫌っているわけじゃありませんよ。こっちにちょっかいを掛けて来なければどうでも良い、というのが本音です」
「好きの反対は無関心、ってやつ?」
「では、どうしてこの調査に協力しているんだい?」
響子からバトンタッチした真田の質問は最もなものだったので、達也はダンマリは決め込まなかった。
「背後にいるのが例のブランシュのようなヤツなら、七宝を大人しくさせても次の問題児が出現するだけですから」
「誰が問題児ですって?」
響子がプッと噴き出して質問してきたが、達也は気にしなかった。
「なるほど、七宝君がやんちゃしているだけなら許容範囲だけど、二人目、三人目、四人目と続かれるのは鬱陶しいと」
「鬱陶しいだけではありませんが……そういうことです」
真田に答える達也の声はため息混じりだった。
「無視は酷くない? あっ、話が始まるみたいよ。聞く?」
片耳にイヤホンを付けたまま話をしていた響子が達也に訊ねる。どうやら琢磨に付けた盗聴器から「黒幕」との会話が聞こえてきたらしい。
「ええ、お願いします」
「じゃあもう少しこっちに寄って……」
「藤林くん、僕も聞きたいんだけど」
達也の答えにニッコリ笑って、もう片方のイヤホンを手渡そうとした響子だったが、真田に言われて、渋々音声出力を車のスピーカーに切り替えたのだった。
達也基準で考えたらダメだってば……