その日の昼休み、達也はジェニファー・スミス教師を訪ねて職員室に来ていた。課程外で実験を行う場合申請書を提出して学校の許可を取らなければならない規則になっているからである。
ジェニファーは受け取った申請書の冒頭、使用魔法のリストを見ていきなり眉を顰めた。
「重力制御、クーロン制御、
「そのような意図はありません」
達也の芸の無い答えを受け、ジェニファーは申請書の続きを読んだ。
「随分意欲的な実験内容ですが……安全は確保出来るのですか?」
「計算上は確保出来ています」
達也の答えは無責任にも思えるものだったが、ジェニファーはそれをたしなめなかった。理論上可能な事が事実の上でも可能かどうか、それを確かめるのも実験の役割だからだ。
「去年の論文コンペにおける当校のプレゼンテーションでは、中性子被爆を避けるために
「本来PP連鎖反応は、エネルギー源として利用するには条件が厳しすぎます。市原先輩の実験では反応を促進する確率操作の術式も使用されていましたが、エネルギー炉としての用途を考慮すれば投入する術式は少なければ少ないほど好ましいと言えます。それにPP連鎖反応でも被爆の危険性が少ないというだけで中性子が発生しないわけではありませんから」
「……分かりました。ただ、私の一存では許可出来ません。申請書は回しておきます。放課後には結論が出るでしょう」
「ありがとうございます。なおこの実験の事は対外秘でお願いします」
放射線実験室と校庭の使用許可が即答で下りるとは達也も考えていなかった。最後に一言付け加えて、達也はジェニファーに一礼した。
放課後の生徒会室。あずさは達也に例の実験の許可が下りたか確認した。達也は校長の電子署名と申し送りが書き込まれた申請書をあずさに差し出す。
「条件付きですが、承認になりました」
「条件って?」
五十里の問い掛けに同調して、あずさが申請書を表示している電子ペーパーから顔を上げる。
「当たり前の事ですが、先生の監督がつきます。それが条件ですね」
「そりゃそうだね。それで、どの先生が付き合ってくれるの?」
達也の回答に五十里が重ねて質問したと同時、来訪者を告げるチャイムが鳴った。
「廿楽先生です。わざわざ足を運んでいただいたようですね」
モニターを確認した深雪が、振り返って五十里に答える。素早く立ち上がった泉美は、上級生が対応する前にドアへ向かい廿楽教師を出迎えた。
「先生、わざわざご足労かけてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、実験の手順は拝見しました。面白いアプローチだと思います」
達也の謝罪を受けた廿楽は、面白そうだと思っている事を隠そうともせず手を左右に振った。
「それで司波君。役割分担はどのように考えているのですか」
ここで言う役割分担とは、誰がどの魔法を担当するかと言う事だ。
「まず、ガンマ線フィルターは光井さんにお願いしようと思います」
「私ですか!?」
「電磁波の振動数をコントロールする魔法に掛けては、俺の知る限りほのかの右に出る者はいない。引き受けてくれないか、ほのか」
「分かりました! 頑張ります!」
ほのかはろくに話も聞かず達也の「お願い」に張りきって頷いた。
「クーロン力制御は五十里先輩にお願いします。中性子バリアは一年生に心当たりがありますので、彼女にお願いしようと思っています」
「一年生に? 大丈夫なのですか」
五十里の選出には納得していた廿楽だったが、さすがに不安を禁じえなかったのだろう。思わず口を挿んだ。
「ええ、対物理防壁魔法に掛けては天性の才能を持っている子です」
「誰なのでしょう」
「名前は桜井水波。自分の従妹です」
「そうですか」
達也の説明を聞いて、廿楽は安心した顔で前のめりになっていた姿勢を戻した。
「第四態相転移は誰に頼むかまだ決めていません。そして要となる重力制御は妹に任せようと思います」
「妥当な人選だと思います。そうすると、第一に決めなければならない問題は第四態相転移を誰にお願いするか、ですが……中条さんでは不都合なのですか?」
「会長には全体のバランスを見てもらいたいと思っています」
「なるほど。確かにその方が適切ですね」
自分の案を引っ込めて、再び廿楽が思案顔になる。そこへ泉美が手を上げた。
「あの、よろしければそのお仕事、私たちにお任せいただけませんか」
この申し出は意外なものではあったはずだが、心の裡を表に出さず達也は事務的な口調で問い返した。
「私たちというのは泉美と香澄の二人で、ということかい?」
「はい。私一人では力量不足かもしれませんが、香澄ちゃんと二人でなら、きっとお役にたてると思います」
泉美の言葉を聞いて、この場にいる他の六人の内、四人が戸惑った表情を浮かべた。
「……廿楽先生がご存知なのはともかく、司波先輩にまで知られていたとは思いませんでした」
「その話は別の機会にしようか。そんな機会は訪れないかもしれないが」
探るような泉美の視線を、達也はさらっと受け流して壁面の大型スクリーンに実験のモデル図を映し出した。
「廿楽先生、光井さんと七草さんは実験の詳細を知りません。確認の意味でも一通り説明しておきたいと思うのですが」
廿楽の同意を得て、達也は実験の詳細を改めて生徒会メンバーに披露する。あずさ、五十里、深雪は既に知っている内容だが、退屈そうな顔をしている者はいなかった。
「……恒星炉のシステムは、技術的に見ればまだまだ未成熟な所ばかりです。しかしこのメンバーが協力し合いチームして機能したなら、三大難問の一つと言われているこの実験を間違いなく成功させる事が出来る。俺はそう確信しています」
最後にこう締めくくって、達也の「恒星炉」は小さなスタートを切った。
一枚も二枚も上手な達也でした……