劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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さすが自称悪い人……


達也の秘策

 四月十九日、木曜日の夜。達也の許へ嵐の到来を告げる知らせが電話回線を通じてもたらされた。

 

『達也さん、先日は急な訪問にも関わらず手厚いおもてなし、ありがとうございました』

 

「どういたしまして。それより今日はどんなニュースを持って来てくれたのかな?」

 

『達也さん、少しは世間話に付き合ってくれても良いのではありませんか?』

 

「また今度ね」

 

『今日のところはそれで良いです。確かに大事なご用がありますから』

 

「聞かせてくれ」

 

 

 想い人がこのような反応では、亜夜子もどうしようもない。達也は話す前から「大切な用事」に意識を集中している。画面越しとはえい穴が空くほどの強い眼差しで見詰められて、亜夜子は恥ずかしげに目を逸らした。

 

『先日文弥がお耳に入れた件の、具体的なスケジュールが決まりました。四月二十五日、来週の水曜日に第一高校へ国会議員が視察に訪れます』

 

「民権党の神田議員かい?」

 

『そうです。良くお分かりですね』

 

「むしろ意外性が無さ過ぎるんじゃないか」

 

『そうですね』

 

 

 神田議員は国防軍に対して極端に批判的な人権派として知られる野党の若手政治家で、今週に入って急にマスコミの露出が増えている。

 達也の言い分を最もだと思ったのか、亜夜子がクスクスと笑いをこぼした。

 

『その神田議員が、何時もの取り巻き記者を連れて一高に押しかけるようです』

 

「押しかけて、何をする?」

 

『さぁ、そこまでは』

 

「それほど大きな仕掛けは用意していないという事か」

 

『何処をどう捻ったらそういう解釈になるんです……?』

 

 

 亜夜子の応えに考える素振りも見せず、達也は納得顔で頷く。この会話は達也と亜夜子の二人だけで行われており、誰にも見られていないという気安さもあってか、亜夜子は年相応の幼い表情でポカンとしていた。

 

「大がかりな舞台を用意しているのなら亜夜子に分からないはずは無いだろう?」

 

『……お褒めの言葉と受け取っておきます』

 

「褒めてるんだからそれでいい」

 

 

 何やら追及の構えを見せた亜夜子だったが、まるで感情を窺い見られない鉄壁のポーカーフェイスを前に諦めの表情を浮かべた。

 

『……達也さんの仰る通り、あまり大がかりな事は考えていないようですね。多分、何時ものパフォーマンスでしょう。ですが彼の取り巻きジャーナリストは、それを何十倍にも水増しして騒ぎたてるつもりなのでしょうか』

 

「なるほど、それはありそうだ。連絡してくれてありがとう、参考になったよ」

 

『達也さんのお手並み、楽しみに拝見させていただきますわ』

 

 

 達也の笑みに亜夜子は気取った笑顔を返し、一礼した後彼女の方から電話を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明くる四月二十日、金曜日。達也は始業前の生徒会室にあずさと五十里を呼び出した。

 

「えっ、それって一大事じゃないですか!」

 

「……そんなに慌てるような事かなぁ?」

 

 

 椅子を蹴って立ち上がったあずさに、何時ものように五十里にくっついてきた花音が疑問を呈した。

 

「いや、これは由々しき事態だよ、花音。神田議員の主張は表面的に見れば魔法師の権利を擁護しているように見えるが、軍が魔法師を取り込むことを一方的に悪と断じる彼の論法は、裏側から見れば魔法師が軍に関わる事を妨げる意図を隠している」

 

「それはあたしにも何となく理解出来るけど。でも神田が今回ターゲットにしようとしてるのは軍と学校でしょ? あたしたちじゃなくて」

 

「それで僕たちの自由が損なわれても?」

 

 

 五十里が何を懸念しているのか、花音にはまだピンと来ていない。

 

「軍が魔法師を活用する事を止めさせたいと思っている人たちが権力を握れば、僕たち魔法科高校生が卒業後の進路に防衛大を選ぶ事も魔法大学の卒業生が国防軍に入隊する事も、どちらも禁止されるに違いないし、僕たちが国防に関心を持つ事すらも制限しようとするだろうね」

 

 

 五十里と花音のやり取りを、あずさは感心しながら聞いていた。その横では、達也が何も言わずに目を瞑って立っていた。

 

「それで、司波君はどう対処するつもりなの? なにかアイディアがあるから僕たちを呼んだんでしょ?」

 

「ええ。彼らは魔法科高校が軍事教育の場と化しており、学校が生徒に軍属になる事を強制している、と非難したいわけです。ならば、軍事目的以外にも魔法教育の成果が出ている事を示せば良いのではないでしょうか。そこで、神田議員の来校に合わせて少し派手なデモンストレーションを行いたいと思います」

 

「……少し?」

 

「……これが?」

 

 

 あずさと五十里の二人から漸く反応があった。呆れ顔の間接的な意義表明だ。

 

「準備は大がかりなものになりますが、デモそれ自体は普段から行われている放電実験や爆縮実験と大した違いはありませんよ。見掛けの上では、ですが」

 

「外見は似たようなものでも意味はまるで違うよ……だからこそ効果は抜群だろうけど、でも司波君、本当に出来るの? 加重系魔法三大難問の一つ、常駐型重力制御魔法式熱核融合炉が」

 

「実物はまだ作れません。実験炉とすら言えません。炉の形をしていませんからね。ですが、核融合炉実現の可能性を去年の論文コンペより派手に、分かりやすいものとして演出する事は出来ます」

 

「……『恒星炉』ですか。これが司波くん本来のプランなんですか?」

 

「俺個人の、と言うわけではありませんが、そうですね。まだ必要となる魔法スキルが高過ぎて実用化には程遠い段階ですが、我が校の生徒の力を以ってすれば短時間ならば実験炉を動かす事が可能です」

 

 

 電子黒板に表示された、達也からのアイディアを読み終えたあずさが、達也にそう問いかける。達也の返事を受けて、あずさは五十里へと視線を向ける。

 

「そうですか……分かりました。五十里くん、私は司波くんの計画に協力したいと思います。五十里くんはどうでしょうか」

 

「僕も協力するよ。恒星炉の公開実験。神田議員対策と言うだけじゃなくて、魔法技術者を目指す者として是非とも関わっておきたいからね」

 

 

 あずさに問われ、五十里も首を縦に振った。こうして、二人の協力者を得た達也は、とりあえず授業の為に教室に向かったのだった。




十分悪知恵だと思いますけど、マスコミ相手には仕方ないか……

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