劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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騒動の原因はケント、なのだろうか……


新勧騒動

 新入生総代に生徒会入りを断られるという思いがけないアクシデントはあったが、他に大きな騒ぎも無く第一高校は新入部員勧誘週間に入った。例年大なり小なりトラブルが発生している新入部員勧誘週間が平和なまま終わるはずも無く、新勧二日目の四月十三日金曜日、「今年は何事も無く終わりますように」というあずさの願いは儚くも夢と散る事となったのだった。

 その日の放課後、前日に引き続き達也と深雪は部活連本部に待機していた。勧誘活動のトラブルが発生した場合、即座に実力行使込みで対応する為である。去年は真由美と服部が務めていたポジションだ。今年の生徒会は副会長二人という変則的な構成で、その副会長二人が生徒会室を空けているというのはバランスを欠く布陣のようにも思えるが、深雪の魔法力は誰一人疑う余地の無いものだし、達也の実力は実技成績とは別次元で実践証明済みだ。

 

「それにしても不思議なもんだよな。去年は下手すれば停学の事件を起こした俺が、今年は騒ぎを取り締まる方なんてよ」

 

「先輩、それを自分で言いますか?」

 

「桐原、あまり余計な事は言わないでくれ……変な勘違いをするヤツが出たら困る」

 

「平気だろ。誰も聞いていないんだから」

 

 

 現在部活連本部室にいるのは服部、桐原、達也、深雪の四人だけ。執行部メンバーの二人は小体育館の使用割当時間が守られているかどうかの監視に行っていて、残りの二人は最初から校内を見回っている。

 

「おっと、噂をすれば。この話題はこれまでだな」

 

「剣道部の演武が始まったところですね」

 

 

 服部に小体育館の状況を報告している女子生徒の背中から時計へと目を移して、達也は注文通り話題を変える。

 

「ああ。どうやら拳法部はきっちり時間を守ったみたいだな」

 

「先輩は出ないんですか? 三月は剣道部で練習してる時間の方が長かったようですが」

 

「よく知ってるな、お前……」

 

「先月まで風紀委員でしたから。時々練習を見に行ってました」

 

「何時の間に……全然気づかなかったぜ」

 

 

 桐原が戦慄と警戒を含む眼差しを達也に向ける。だが達也の飄々とした顔を見て、すぐに肩の力を抜いた。

 

「練習に参加していたのは確かだが、剣道部に移籍したわけじゃないぜ。再来週剣道部の練習試合があるんだよ。それに出させてもらう事になったんだ」

 

「それで剣道部の練習に?」

 

「そう言う事だ。良い機会だから無駄にしたくないと思ってな」

 

 

 最悪に近い出会い方をした達也と桐原だが、今ではこうして和気藹々と雑談する仲になっている。そんな二人を深雪は嬉しそうに無言で見守っていた。

 

「司波、司波さん」

 

 

 そんな穏やかな時間は、服部のデスクで鳴り響いた警報のベルにより中断された。ややこしい言い方だが、二人を呼ぶ時の服部のデフォルトの為、そこにツッコミを入れる人間はいなかった。

 

「ロボ研のガレージでトラブルが発生した。仲裁に行ってくれ」

 

「分かりました」

 

 

 服部が達也を見ながらそう指示したのには、特に深い意味があるわけでは無く、命令の相手としては達也の方が気が楽だっただけである。達也が声に出して応え、深雪はお辞儀で了承の意思を示して、二人は現場へ向かった。

 

「ところで服部、お前と中条が付き合ってるって噂、あれは何処から出てきたんだ?」

 

「俺も知らん……」

 

「ホントか? 結構噂になってるぞ」

 

「お前までそんな事言うのか……」

 

 二人が出て行ってすぐ服部をからかう桐原は、やはり何処か問題児なのかもしれない。頭痛を覚えた服部は、先ほどの桐原の発言の時と同様にこめかみを抑えながら首を左右に振ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新入生に対する勧誘活動が一週間に限定され、後は新入生の自主的な入部申し込みに限るとされているのは、魔法競技系クラブ間の争奪戦が主な原因である。だが、競技系のクラブ以外で新入生勧誘に関わる衝突が起きないかというと、決してそんな事はない。現に今、ロボット研究部が部室に使っているガレージの前で、一人の新入生を挟んでロボ研と自走二輪(バイク)部が睨みあっていた。

 争奪戦の商品となっている一年生の名は隅守賢人。入学前、迷子になっているところを達也に発見された新入生である。

 

「いい加減に諦めなさいよ。スミス君はロボ研に入るって言ってるでしょ」

 

「プレス機の使い過ぎで耳がおかしくなったんじゃないの? スミス君は一言も言って無いでしょ。先に声を掛けたのはうちなんだから、そっちこそちょっかい出さないでほしいわ」

 

「早い者勝ちとか小学生じゃあるまいし。時代遅れのレシプロエンジンに脳みそまでシェイクされちゃったみたいね」

 

「時代遅れですって!? さすが等身大メカ人形遊びにうつつを抜かしている最先端オタクは仰る事が違いますねぇ」

 

 

 ケントが目を付けられた理由は「マスコットにしたい」という二、三年生の女子生徒の欲求からであり、両部の睨み合いの最前列に立っているのも三年生の女子生徒だ。客観的に見て相当見苦しい女同士の罵り合いに、集まった野次馬たちはかなり引いている。だが、彼女たちの背後に控えている男子部員たちは違った。

 

「時代遅れぇ……?」

 

「オタクだと……?」

 

 

 それがキーワードだったのか、すっかりエキサイトしていた。

 

「あの、僕は……」

 

 

 そもそもの原因であるケントを置き去りにして、ロボ研とバイク部の男子生徒たちはもみくちゃになるほど争い始めた。

 

「これ、僕が悪いのかな……」

 

 

 自分は何もしていないと思えるほど、ケントの神経は図太く無かった。実際なにもしていないのだが、自分を勧誘した事が原因で二つのクラブが言い争っていたのは事実だと、ケントには思えて仕方なかったのだ。

 もし達也みたいに図太い神経の持ち主だったのなら、こんな争いに巻き込まれるのを嫌って自分から感心が薄れている今、さっさとこの場から逃げだせたのだろう。だがケントはそんな事を考える事も無く、ただただオロオロしながらこの場に留まっていたのだった。




次回別の騒動が勃発……

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