劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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達也に好意を持っているので、彼とはタダのお友達です


明るい彼女

 達也の呆れているのを隠そうともしない視線に耐えられなかった面々にはグッドタイミングで空気を変える声が割り込んできた。

 

「ちょっと良いかい?」

 

 

 真後ろからかけられた声に達也が座ったまま振り向く。そこには教室に入って来たばかりの男子生徒が人好きのする笑みを浮かべていた。

 

「ちゃんと挨拶するのは初めてだよね? 僕は十三束鋼。よろしく、司波君」

 

「そうだな、名前は知っているが実質的には『はじめまして』か。司波達也だ、よろしく、十三束」

 

 

 達也の真後ろの席に腰を下ろした十三束をマジマジと見詰め、自分の不躾な態度が恥ずかしかったのか、美月が照れ笑いを浮かべながら十三束に話しかける。

 

「十三束君、はじめまして。柴田美月です。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしく」

 

 

 十三束の人懐っこい笑顔に、美月の照れ笑いから緊張が抜け落ちた。そして彼がこの教室にいる事に驚いてた残りのメンバーも、漸く硬直から抜け出した。

 

「意外……学年総合五位の十三束君が工学科に来てたなんて」

 

「千葉さんだよね? 同じ百家の千葉さんなら知ってると思うけど、僕の家は戦闘やレスキューよりこっちが本領だし、僕は……実技に問題があるからね」

 

 

 別に十三束に宛てた言葉では無かったが、十三束はエリカへ顔を向けて少し苦い笑顔で答えた。それでエリカも(ついでにレオも)十三束の二つ名とそれにまつわる噂を思い出した。

 レンジ・ゼロ。射程距離(Range)ゼロという彼のニックネームは、ゼロ距離なら無類の強さを発揮するという敬称であると同時に、遠隔魔法が使えないという蔑称でもある。実際は全く使えない訳じゃないのだが、遠距離照準を苦手にしているのは紛れもない事実で十三束本人も自覚している欠点だった。

 返す言葉が見つからず目を泳がせているエリカに、達也が隣から助け船を出した。

 

「誰でも得手不得手はあるものだ」

 

「達也が言うと説得力有んなぁ」

 

 

 達也のセリフに、しみじみとした声でレオが合いの手を入れた。その結果十三束の「苦い笑い」が「苦笑い」に変わった。

 

「司波君と十三束君、発見!」

 

「明智さん!?」

 

 

 明るい声が二年E組の教室に飛び込んできた。慌てて振り返る十三束と、ゆっくりと振り返る達也の視線の先、教室後ろの入り口からバタバタと駆け寄って来たのは「エイミィ」こと明智英美だった。

 

「あら、エイミィ久しぶり」

 

「エリカもねー!」

 

 

 去年の九校戦前の期末試験、達也に教わった仲間であり、それ以降も何かと仲の良かったエイミィとエリカが明るい声で挨拶している横で、十三束がオロオロと焦り始めた。

 

「そう言えば十三束とエイミィは去年は同じクラスだったんだな」

 

「そうだよー! でもまさか十三束君が魔工科に行っちゃうとは思わなかったよー」

 

「明智さんは僕が実技を苦手にしてるのは知ってたでしょ」

 

「でもー、一科生に残れるくらいの結果は出してたし」

 

「選ぶのはエイミィじゃ無く十三束だ。周りがとやかく言う事じゃないだろ」

 

 

 旗色が悪くなってきた十三束に、今度はちゃんとした助け船を達也が出した。

 

「そうだけどさー。今年も一緒のクラスかと思ってたから、ちょっと残念なんだよね」

 

「でもエイミィはミキと同じクラスでしょ? 弄り甲斐は十三束君以上だと思うけど」

 

「吉田君? うん、面白そうな人だとは思うよ」

 

「恐ろしい女共だ……」

 

 

 ボソリと呟いたレオの言葉に、エリカが過剰に反応した。

 

「アンタには言って無いわよ!」

 

「だから俺の頭は太鼓じゃねぇっての!」

 

「また……エリカちゃんもレオ君も落ち着いて!」

 

「柴田さんも大変そうだね」

 

 

 今まで黙ってやり取りを見守っていた千秋が、しみじみと呟き、十三束がそれに同意した。

 

「それでエイミィ、何しに来たんだ」

 

「進級のご挨拶を、と思いまして。去年は司波君のおかげで九校戦で活躍できたし、その後の調整も頼りっぱなしでしたので……」

 

「別に気にするな。時間が有る時に、偶々頼まれたからやっただけだからな」

 

「ううん、偶々じゃなくって狙ってました……」

 

「だろうと思ってはいたがな」

 

 

 本気で反省していたエイミィに、達也は苦い笑いを浮かべながら人の悪い笑みを浮かべるという器用な真似をして見せた。

 

「今年もお願いします」

 

「別に構わないが、ほのかや雫と時間が被らなければ、だがな」

 

「あれ? 深雪のは?」

 

「深雪のCADは家で調整出来る」

 

 

 達也は学校の機械を借りて、ほのかや雫のCADを調整する事もしばしばあるのだ。雫は北山家で雇っている整備士に調整してもらっているのだが、達也が調整したCADを九校戦で使って以降、その整備士が調整したCADじゃ満足出来なくなってしまっていたのだった。留学中は我慢して整備士が調整したCADを使っていたが、帰国後すぐ達也に調整を頼んで来ていたのだった。

 一方でほのかは、元々自分で調整していたのだが、こちらも同じく九校戦以降は達也に調整を頼むようになったのだった。初めは断っていた達也だったが、泣きそうなほのかとションボリとした顔の雫に押し切られ、結局は調整を引き受けたのだった。

 

「えっ? それだったらあたしのも調整してほしいな」

 

「去年も言ったが、そんな特殊なCADを弄れる自信は無いぞ。五十里先輩にでも頼めばいいだろ」

 

「でも、ミズチ丸を調整できるのは達也君だけでしょ?」

 

「アレを作ったのは五十里家だろ」

 

 

 正しくは作らせたのだが、エリカの新たな愛刀となっているミズチ丸は、五十里が作り達也が調整したのだ。そしてミズチ丸に組み込まれているプログラムは、達也以外には弄れない程高度なものとなっているのだった。

 

「とにかく、あたしも達也君に調整してもらわないと実力が発揮出来なくなっちゃったんだから、責任取ってよね?」

 

「……司波君、君って凄いんだね」

 

「そうか? これくらいは何時もの事だ」

 

「ううん、技術力の方……今度調整してるのを見学させてもらっても良いかな?」

 

「それくらいなら」

 

 

 十三束が何に驚いているのかいまいち理解出来なかった達也だが、とりあえず断る理由も無かったので十三束の申し出を受けたのだった。




不憫では無いですが、少し出番を増やしてあげようと思いました……

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