カフェの入り口で紗耶香と合流した達也は場所を確保しておく為に、紗耶香を席に残し自分が飲み物を買ってくると言ったのだが、その提案は却下された。
「特に混んでる訳じゃないのだし、一緒に買いに行きましょう」
確かに紗耶香の言うようにそれほど混んでいる訳では無いが、一緒に買いに行く理由が見当たらなかった達也は、首を傾げたい衝動に駆られたが、鋼の精神でその衝動を抑えつけた。
「ほら、早く行きましょ?」
「分かりました」
随分と楽しそうな紗耶香を見て、とりあえず反論する理由も見当たらなかったので一緒に飲み物を買いに行く事にした。
達也はコーヒーを買い、紗耶香はジュースを買い空いている席に腰を下ろした。
「それで、話とは……先輩?」
コーヒーを一口啜り、本題に入ろうとした達也だったが、目の前で購入したばかりのジュースの半分を一気に飲んでいた紗耶香を見て一瞬だけ思考が停まってしまった。
一方の紗耶香も、達也にジッと見つめられた形になり、飲んでいたジュースの色素がそのまま顔に出たと思えるくらいに赤くなっていた。
「それ、好きなんですか?」
「何よ、子供っぽいって言いたいの?」
少し拗ねたような声で達也を睨みつける紗耶香、その仕草がまた子供っぽかったのだが、達也はそんな事を言うような事はしない。
「いえ、それは飲んだ事ありませんが、家では俺もジュースは飲みますよ」
「そうなの? ちょっと意外かも」
「意外…ですか?」
「勝手なイメージだけど、司波君はコーヒーしか飲まないもんだと思ってた」
確かにコーヒーの率は高いのだが、それだけと言う訳では無い。達也は紗耶香にどの様に思われてるのか、ちょっとだけ気になった。しかしその事を聞く事は無かった。
その後この前の騒動で助けてもらったお礼をされたのだが、達也としてはあの程度でお礼を言われる事は無いだろうと思ってるし、実際紗耶香一人を助けた訳では無いので紗耶香にお礼を言われても困るのだ。
達也としては風紀委員の職務だったのだが、如何も紗耶香は風紀委員に偏見を持ってるようで、達也がその事を指摘するとしどろもどろになってしまった。
「それで、本題に入っても?」
何時までもグダグダと付き合う理由が無かった為、達也はそう切り出した。
「そうね……単刀直入に言います。司波君、剣道部に入りませんか?」
思ってた通りの内容で、達也は内心ため息を吐いた。想像通りの質問には、用意していた答えを返すだけで良いのだ。
「せっかくですが、お断りします」
間髪いれずに返された達也の答えに、紗耶香はかなり焦った。断られる事はあっても、まさかその場で即答されるとは思って無かったのだろう。
「えっと…理由を聞いても良いかな?」
「理由を聞きたいのは俺の方ですがね。俺が身に付けてるのは徒手格闘術です。剣道とは別のものなのに、何故俺を誘うんですか?」
「それは……司波君なら剣道でも相当の腕がありそうだから」
一応筋は通ってるように聞こえる理由だが、明らかに後付けだと達也には分かってしまうのだ。紗耶香が自分を誘う理由は、何処か別の所にあるのだろうと確信しているからだ。
「風紀委員の点数稼ぎ云々は兎も角、壬生先輩には何か他の理由があるように思えるのですが」
これは一応は質問の形だが、達也としては紗耶香の本音を聞きだす為の誘い水のつもりだった。そして達也が思ってた以上に紗耶香はこのセリフに喰い付いた。
「非魔法系クラブで連帯して、部活連とは別の組織を作るつもりなの。魔法科高校だから、ある程度魔法で成績が左右されるのは仕方ないとしても、クラブ活動まで魔法優先にされるのは許せないの! だから私たちは今年中に組織を発足し、学校側に考えを伝えるつもり。それを司波君にも手伝ってもらいたいの!」
「なるほど……」
かなり熱くなっている紗耶香を見て、達也は少し苦笑い気味に笑った。それが紗耶香は馬鹿にされたのだと思い、更に熱くなった。
「何がおかしいの!」
「いえ、おかしくはありません。ただ自分の人を見る目が無いんだと思っただけです。先輩の事をただの剣道美少女だと思ってたんですから」
「美少女って……」
達也の言葉に、憤怒とは別に理由で顔を赤くした紗耶香。如何もこの人は感情の起伏が激しいのかと、達也は呆れ気味だったが、口に出したのは別の言葉だった。
「それで先輩、考えを学校に伝えて、具体的に如何してほしいんですか?」
「えっ?」
達也の質問に、紗耶香は答える事が出来なかった。まさか具体的な事まで聞かれるとは思って無かったので、答えを用意してなかったと言う方が正しいのかも知れないが。
「答えられないんですか?」
「あの……その……」
「では、後日改めて教えてもらいましょうか」
「え、えぇ…それで構わないわ。それじゃあ一応私の番号を教えておくね」
別に必要は無いと思ったが、念の為とかなり強引に教えてもらった紗耶香の番号を、達也はとりあえず登録しておくのだった。
紗耶香と別れた達也は、本来の目的だった図書室に向かおうとしたのだが、途中で聞き覚えのある声に呼び止められてしまった。
「あれ~司波君じゃない」
「……どうも」
「あれから全然来てくれないからさ~」
「……前にも言いましたが、頻繁に保健室を訪れなければいけない高校生活は送りたくないんですよ」
保険医の安宿怜美に声を掛けられ、達也は諦めたように回れ右をして応えた。
「でも~君ってかなり襲われてたんでしょ~? 怪我とかしなかったの?」
「……怪我してたらキチンと保健室に行きましたよ」
これは嘘だが、この場を大人しく収めるにはこの嘘は効果的だった。
「だよね~。ちゃんと約束したもんね」
「えぇまぁ……それじゃあ自分はこれで」
上手くかわせたと思えた達也だったが、生憎それだけで怜美は満足してくれなかった。
「それじゃあ今から保健室に行きましょうか。私も丁度戻るところだから」
「は? 自分は特に保健室に用は……」
「こんな時間に校内に残ってるって事は、司波君暇なんでしょ? 一緒にお茶しましょうよ」
「いえ、自分は……」
これから図書室で資料を閲覧するつもりだとは言えなかった。如何やら怜美の中で達也とのティータイムは決定してるようで、既に腕を絡ませて連行する気満々だったのだ。
「さあ、一緒に行きましょう」
「ハァ……分かりましたから腕を解いてください。誰かに見られたら誤解されますよ?」
「誤解? 誤解ってどんな?」
「どんなって……先生はご自身の人気を知らないんですか?」
達也も実際は知らないのだが、この見た目と雰囲気ならそれなりに人気は高いのだろうと思っての発言だ。言うなれば自分とこんなに密着して好からぬ噂でも出回ったら迷惑だと言う意味だったのだが、怜美は別の解釈をしたようだった。
「君とだったら問題ないかな」
「はぁ?」
イマイチ噛み合わない会話をしながら、達也は保健室まで連行されるのだった。もちろんその事が深雪にバレて、機嫌を直してもらうのに相当の労力とそれなりのお金を使った達也だったのだ。
オチがほしかったので安宿先生を登場させました。ついでに若干意識してる風も出してみたり……