劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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トリックスター相手に頑張る中学生。


亜夜子の策略

 達也が向かっていた先は、パラサイトの封印に成功した二体を転がして置いた場所だ。しかしそこには既に先客がいた。二つのグループが向かい合っていた。

 一方は積み重ねた歳月を表す深い皺を刻みながらもピンと姿勢の伸びた老人に率いられた黒服の一団。もう一方は豪奢な黒のワンピースに身を包む可憐な少女に率いられた、やはり黒服の一団。向かい合っているといっても、敵対的ににらみ合っているわけではない。少なくとも少女に率いられた一団は、老人に率いられた一団に敵意を見せていない。それはおそらく、彼らの主である少女が老人に対して敵対の意識を持っていなかったからだ。

 少女が老人を見る眼差しにはむしろ、敬意が込められていた。少なくとも表に出ている限りでは……

 

「九島閣下、お目にかかれまして光栄に存じます。わたくしは黒羽亜夜子と申します。四葉の末席に連なり、当主・真夜の使いを務めさせていただいている者ですわ」

 

 

 亜夜子は老人の前に進み出ると、優雅に見える仕草で膝を折った。ただし、優雅であっても貞淑なイメージは無かった。貞淑と評価するには瞳に宿る光が強すぎたのだ。

 下げていた頭を上げて、亜夜子はニッコリと微笑む。挑発的でありながら、引き込まれるような妖しい笑み。たださすがに九島烈は動じる事が無かった。

 

「四葉殿の代理の方か。道理でその若さにもかかわらずしっかりしている。私の事は知っているようだね。それとも名乗った方が良いかな?」

 

「いえ、そのように恐れ多い事は申しません」

 

 

 烈の方は亜夜子を「敵対者」として見ている。その目には意図に相応しい眼光が宿っている。だがそれを前にしても、亜夜子の可憐でありながら同時に不敵な態度は崩れなかった。

 

「ところで閣下、あまり時間的余裕も無い事ですし、一つご相談したい事があるのですけども」

 

 

 性急と評すべき態度だったが、九島老人は特に不快感の類を示さなかった。

 

「言ってみなさい」

 

「ありがとうございます。恐れながら閣下のご意向はここに封じられたパラサイトと呼ばれる魔物を持ちかえる事にお有りかと存じますが、実を申しますとわたしくが当主より申しつかって参りました用件も封印済みのパラサイトを持ちかえる事なのです」

 

「ほう」

 

「幸いこの場に封印済みの器が二つ。ここは閣下とわたくしで一つずつ、と言う事で如何でしょうか?」

 

 

 烈の目に宿る眼光に強さと鋭さが増し、さすがに亜夜子も怯んだ顔を見せたが、すぐに強気な笑みに塗りつぶされた。最初からこれが目当てだったので、亜夜子としてもこれくらいでは怯まないのだ。

 

「いやはや……大したものだ。君は確か、まだ中学生だったはずだが。よかろう。ここは仲良く一つずつと行こうじゃないか」

 

「ありがとうございます」

 

 

 かつて「世界最巧」と呼ばれた魔法師と正面からやり合って自分に勝ち目があるとは考えて無かった亜夜子は、内心でホッと胸を撫で下ろした。

 

「(達也さん、お陰様で無事に任務を達成出来そうです)」

 

 

 そして、達也が協力を受諾した事実も無ければ、それ以前に協力要請すらしていないのにも関わらず、亜夜子はチャッカリと心の中でそう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の腕の中で深雪は身を固くして小さくなっていた。彼女がいくら懇願しても、今日に限って達也は妹を腕の中から放そうとしない。

 

「(沈黙が苦しい……何か話題は……)」

 

 

 他人から見れば大袈裟なと評されるかもしれないが、深雪は今、息が止まって心臓が破裂してしまいそうな感覚に襲われていた。必死に話題を考え口からでたのは――

 

「お兄様、リーナは」

 

 

――先ほどまで敵対していた相手の事だった。

 達也はリーナを並々ならず気にかけている。少なくとも、ただの友人に対する気遣いの域を超えて。それが分かっているから、本音の部分では兄の前でリーナの話題はあまり出したくなかったのだ。しかし今はすぐに思いつく話題がそれ以外に無かった。

 

「うん?」

 

「リーナは……お兄様の仰った事をキチンと受け止めてくれるでしょうか?」

 

「分からないな。俺に分かるはずが無い。俺は彼女じゃないからな。リーナにはリーナの事情があるんだろう。自分の事を思い通りに出来ないのは、何も彼女に限った話じゃない」

 

「それでもお兄様は手を差し伸べられたのですよね……? 何故なのですか」

 

「何故、とは?」

 

 

 いきなり思ってもみなかった方向に話が転がりかけているのを深雪は自覚した。立ち止まるなら今しかないと言う事も分かっていたが、深雪は止まらなかった。

 

「お兄様は……何故リーナを助けようとなさるのですか? リーナに……特別な感情を持たれているからなのですか?」

 

 

 妹の言葉を聞いて達也は目を丸くしたが、それは本当に一瞬の事だった。

 

「色々と誤解があるようだが……リーナだけを、と深雪は言うが、リーナのような立場の人間と交流を持ったのはこれが初めてだ。今まで軍の人間といれば自分よりずっと年上で、職業として軍人の道を選んだ人たちばかりだったからね。俺がリーナに抱いている感情は、お前が想っている様な種類のものじゃない。身も蓋も無い言い方をすると、リーナにスターズを抜けてもらった方が将来的に都合が良くなると考えているだけだよ。出来れば軍を抜けるだけじゃなくて、こっちに移住してほしい。日本に帰化してくれればベストだな。もちろん同情をしているわけじゃないぞ。ある意味で、俺とリーナは良く似ている。俺もリーナも『今の立場』に置かれるにあたり、事実上選択肢が無かった。一高生になったのは俺がもぎ取った『選択』とは言えない事もないが、リーナには多分そんな些細な選択肢も無かったと思う。俺はいずれ与えられていない選択肢を作り出し選び取る。割り当てられた『役』を捨てて、与えられた舞台から飛び出す。もしリーナが同じ事を望むなら、同族の誼で力になってやろうと思ったのだが……余計なお世話だったよう、だ?」

 

 

 最後の最後で乱れた口調にはちゃんと訳があった。深雪が息が詰まるほどの力でギュッと抱きついていたからだ。

 

「余計なお世話なんかじゃありません……お兄様のお心遣いはいつかきっと……いえ、遠くない未来に、リーナに届くに違いありません。だってリーナはこの度の一件で今の自分に疑いを持ったに違いありませんもの。少し単純ですけど、リーナは賢い子です。お兄様とこれほど深くかかわって、何の疑問も懐かないということはあり得ません」

 

「単純は酷いな」  

 

 

 兄妹クスッと笑い合って仲良く並んで歩き始めたのだった。




IFネタの希望がある方はコメントお願い致します。
ちなみに既に決まっているのは、雫・ほのか・水波・リーナ・ピクシー・真由美ですかね。自分でも他のネタを考えますが、このキャラが見たい! ってのがある人は言うだけ言ってみて下さい。もしかしたら出来るかもしれませんので。

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