劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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来訪者編も終わりが見えてきました


撃退準備

 達也の後を追いかけていたレオが、雷光や想子光が閃く戦闘現場の少し手前で突然足を止めた。殆ど遅れる事無く深雪も足を止める。機械のボディを持つピクシーが蹈鞴を踏んだほど唐突な停止だった。

 

「西城君、気をつけて」

 

「そりゃ、俺のセリフだぜ」

 

 

 レオの口調は「軽口」と言ってよさそうなものだったが、その目は油断なく左右を見回している。

 

「囲まれた……わけじゃなさそうだな。そう感じさせてるだけみてぇだ。右手が空いてっけど、深雪さん、どうする?」

 

 

 透視や赤外線知覚の類ではない。特にその種の訓練を積んでいないにも関わらず、レオは半包囲の態勢をとる相手の小細工を気配だけで見破った。

 

「迎え撃ちましょう」

 

「……随分な思い切りだな」

 

 

 深雪の回答は短く、分かりやすいものだった。かつ、レオが反応に詰まる程強気なものだった。

 

「そうかしら? でも、怯える必要なんて何処にも無いでしょう? だって、私の手に負えなければすぐにお兄様が助けに来てくださるもの」

 

「あ~、はいはい」

 

 

 種明かしを聞いてみれば、実にカワイイものだった。思わず半目になって呆れ声が出てしまった程に。

 

「でも、あまりお兄様の御手を煩わせるのも申し訳ないわね……ピクシー、私の後ろへいらっしゃい」

 

「ハイ」

 

 

 左側の繁みに身体を向けて、深雪がピクシーに指示を下す、達也から深雪の言葉に従うよう命令されているピクシーは、必要最小限の返事と共に、謂われた通りの位置へ移動した。

 深雪の左手には携帯端末タイプのCADがスタンバイ状態で握られている。何時の間に準備を整えていたのか、ずっと隣にいたにも関わらず気付けなかったレオは、改めて感心と称賛の目を向けた。しかしレオには気の毒かもしれないが、彼の視線は深雪の意識に留まらなかった。所謂「眼中に無い」というやつだが、この場で達也以外の誰から視線を浴びせられても深雪はそれを意識せず無視しただろう。

 森の空気に小さな煌めきが混じった、幹や枝、地面に落ちる細やかな氷の粒。細氷、ダイヤモンドダストと呼ばれる現象だ。二月、内陸部の夜の山林。環境条件を考えればあり得ないとまでは言い切れない。

 だがこれを自然現象と勘違いするものは、敵味方の双方にいなかった。一瞬で半径百メートルのエリアにダイヤモンドダストを発生させた魔法。しかしこれは攻撃用の術式でも防御用の術式でも無かった。深雪はただ、敵意の定かでない相手が攻撃した来た場合に備えて周囲の空間を自分の認識下に置いただけだった。

 深雪にとって魔法の技術とは、効果を高めるものというより、影響範囲を狭く押さえるものという側面が強い。

  

 ――無作為に放てば、見渡す限りの世界を白く染め尽くす力、それが深雪の魔法だ。――

 

 

 この有様を前にレオは本気で焦った。レオにとって喧嘩は話を付ける為の手段だったが、深雪のこの力は相手の主張どころか存在そのものを軽く吹き飛ばしてしまいかねない。ネズミを嬲るネコというより、蟻を踏み潰す象だ。これは相手が気の毒過ぎる、レオの流儀に反していた。

 

「深雪さん、コイツらは俺が相手をする。アンタは達也が来るまで援護に回ってくれ」

 

「そう? でしたらお任せします」

 

 

 深雪はレオの言葉にあっさりと一歩下がったが、森をすっぽりと覆う冷気は居座ったままだ。

 

「(こりゃ引けねえぞ……)」

 

 

 レオは気合いを入れ総勢十名の野戦服を着た男たちの相手をする事になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さすがのレオも、十人を同時に相手をするとなると、どうしてもどこかしらに隙が生まれてしまう。相手の攻撃を自分の魔法で防げると信じ右側から迫る刃を視界から締め出し、フリッカー気味のパンチが相手の鼻面を捉えた。

 

「――助かったぜ」

 

 

 右側方で刃が打ち合わさる硬質な響きが生じた。レオのフリッカーパンチは相手の顔を浅く捉えただけで決定打には程遠かった。襲い掛かって来た二人の兵士は、間合いの外に跳び退っている。内一人は無手だ。彼が持っていたナイフはレオの足下に転がっている。

 

「さすがのアンタも苦戦しているようね。まぁ、あたしが手を出さなくても深雪がカバーしてたみたいだけど」

 

 

 ナイフを打ち落としたのはエリカの刀だった。エリカの言葉にレオが目線だけで振り返ると、深雪が微かな笑みを返した。エリカの援護が間に合わなかった場合、敵兵士の腕は凍りつく事になっていたらしい。レオは密かに戦慄を覚えたのだった。

 

「達也はどうした?」

 

「後ろに回り込んだ連中の相手をしているわ」

 

 

 エリカはわざと大きな声で答えた。果たして彼女の注文通り、兵士たちの間に動揺が走る。

 

「深雪、達也君が自分と合流しなさいって」

 

「ピクシーはどうするの?」

 

「ピクシーはあたしたちのお手伝い。ピクシー、達也君から指示が来てるでしょ?」

 

「マスターの・命令と、サイキックの、使用・許可を、確認しました」

 

「そういうわけよ。深雪、ここは任・せ・な・さ・い」

 

「じゃあお願いするわね」

 

 

 こんな場面にもかかわらず、余裕タップリにおどけてみせるエリカ。深雪は短く応えると、振り返りもせず駆けて行った。

 

「あ~あ……何処にいるか分かるの? なんて野暮なんでしょうねぇ」

 

「そりゃ、あの二人だからな」

 

「さてと……お願いされた事だし、チャッチャと片付けますか」

 

 

 レオが不敵な表情を浮かべた事に気づきながら、あえてそれを指摘せずにミズチ丸をエリカが握り直したその時、新たな役者が舞台に上がった。

 

「いや、ここまでだ。エリカ、刀を引け」

 

 

 エリカが息を呑む。人工の林が織り成す闇の中から出てきた長身の影は、エリカの次兄、千葉修次のものだった。

 

「次兄上……」

 

「誰だ、あれ?」

 

「あたしのもう一人の兄よ」

 

「ふーん……強いな、それもかなり」

 

 

 雰囲気だけで修次の実力を感じ取ったレオに、エリカは少し驚いたが、それ以上に修次の登場に戸惑ってしまっていた。まさかあの次兄が自分の敵になるかもしれないという場面に直面するなど、エリカは全くと言っていいほど思っていなかったのだから……




深雪が本気になれば、抜刀隊など瞬殺ですよ……

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