劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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本格的なサボりですが、彼なら問題ありません


エスケープ

 達也は亜夜子、エリカたちから得た情報は既に知っていたがその事は表情、口調には出さずに聞いた。そしてその略奪者の裏で糸を引いているであろう人物に近しい人に話を聞く為に、『至急』のコードを付けてメールを送った。魔法実技ではなく座学の授業なので、達也は数十分もあれば課題を終わらせる事が出来るのだ。

 

「あれ? 達也君、何処行くの?」

 

「例の件を知っているかもしれない人に近しい人に話を聞きにいく」

 

「課題は?」

 

「もう終わってる」

 

 

 教師のいない二科生では、授業中に誰かに聞いたりする事も自由に出来る。エリカが達也の隣にいたのは、美月に質問したからなのだ。

 

「ふーん……それって誰?」

 

「エリカは足を踏み入れいない方が良い領域の人間、とだけ言っておこう」

 

「達也君、顔が怖いよ?」

 

 

 わざとだということはエリカも理解している。達也が四葉の人間ではないか、と薄々気づいているエリカにとっては、足を踏み入れない方が良い領域という事はどういう事なのか理解出来てしまうのだ。

 

「それじゃ、俺は行くぞ」

 

「じゃあね。後で何か分かったら教えてよね」

 

 

 達也にウインクするエリカ。それを見て達也の事を羨ましそうに見ている男子が数人と、エリカの行為に嫉妬する女子が数人いたが、二人ともその相手には目も向けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也の方から持ちかけた事だし、早ければ早いほど望ましい事でもあったので、達也は真由美が一般受験である事を一先ず忘れて、生徒会室へと足を向けた。本格的なエスケープだが、課題は終わらせているし、受講状況を監督するシステムを誤魔化す事は、普通の人間には難しいが達也には造作も無い事だ。

 本人の知らないところで入室の権限が再設定されていた自分のIDカードを使ってドアを開ける。授業中と言う事もあってか、待っていたのは真由美一人だった。

 

「達也君、いきなり呼びつけるなんて、お姉さんに対して失礼じゃないかしら?」

 

「内容はメールにある程度書きましたよね?」

 

 

 互いに笑みを浮かべながら冗談交じりの挨拶を交わす。真由美の方はそれでいいとして、達也の態度としては適当では無かったかもしれないが、それを指摘する人物はこの場にはいない。

 

「――という事情です。その飛行船は七草家との繋がりを噂されている情報部防諜第三課のものだと思われます。いったい如何いう意図でパラサイトを持ち去ったのか、俺には分かりません。ですがもし、パラサイトの軍事利用を考えているのならば危険です。確実に滅ぼす方法が分かっていない以上、あれは封印すべきだと思います」

 

「防諜第三課? 未成年とはいえ七草家の一員である私が知らないのに、達也君、よくそんな事知っているわね」

 

「情報源については、訊かないでいただけると助かります」

 

「……まあ、達也君にはいろいろ事情があるみたいだから訊かないけど、それよりどうしてパラサイトを捕まえに行くって教えてくれなかったの?」

 

「先輩方にまで人員を出していただくと、警戒しておびき出せないかもしれないと考えたからです」

 

「本当にそれだけ?」

 

 

 真由美は暫く達也にご機嫌ナナメな顔を向けていた。真由美の方が二つ年上なのだが、この光景を見れば、年下の女の子が、年上の男性の嘘を見抜けなくて拗ねているようにしか見えない構図だった。

 

「一応筋は通っているわね……」

 

 

 暫く達也の顔を観察していた真由美だったが、一向に顔色が変わらないので、肩を竦めようとして途中で中断した仕草を見せた。

 

「それで要するに達也君は、私に父を説得しろと言いたいのね? 情報部が横取りしたパラサイトをエリカちゃんたちに返すように」

 

「別に返せとは言いませんよ」

 

 

 真由美が『エリカちゃん』と呼ぶと、エリカは顔を顰めるのだが、エリカ自身も幹比古が嫌がっているのに彼の事を『ミキ』と呼んでいるいるので、因果応報なのだと達也は感じている。

 

「パラサイトを持って行った理由を確認した上で、封印以外の処置を考えているのならば釘を刺しておいていただきたいんです。情報部がパラサイトを利用した事が世間にばれて、その所為で魔法師が不利益を被った場合は、その損失を組織として償ってもらうと」

 

「怖い事言うのね」

 

「USNAで起こっている事を見れば、その程度の脅しは必要だと思います」

 

「……了解よ。父に話してみる。でも結果については約束できないから、あまり期待しないでよ。私は十文字君と違って七草の跡取りってわけじゃないんだから」

 

 

 真由美が付けくわえた言葉に、達也がちょっとした意外感を表す。

 

「……なによ?」

 

「いえ……七草家というのは、意外に家父長的な家風なのだな、と思いまして」

 

「達也君のトコはどうなのよ?」

 

 

 恥ずかしがっているのか、ヘソを曲げたのか、達也にこの反応の裏にある真由美の意思は分からなかったが、言う必要の無い事を言ってしまったのは確かだ。軽く反省しながら、達也は罰ゲームみたいな気持で彼女の問い掛けに答える事にした。

 

「ウチは父親の権威なんて、有って無いようなものです。親父は後妻の持っているマンションに入り浸りですから」

 

 

 達也の答えに真由美の瞳が左右に泳いだ。この程度の事で動揺出来るピュアな面を見ると、年上とはいえ女の子だなぁと達也は思う。

 

「愛人じゃないだけケジメはつけていると思いますがね」

 

「大人、なんだね」

 

「諦めているだけですよ。大人になるという意味が『諦める』事だとは……思いたくないですね。後一応、深雪には親父の事は言わないでください。手がつけられなくなりますから」

 

「……何があったのよ」

 

「母親が死んですぐ、後妻と再婚したので、親父と深雪の間には確執があるんですよ。深雪は母親の事が好きでしたから」

 

「………」

 

 

 軽い気持ちではなかったにしろ、訊いてしまった事を後悔した真由美。思っていた以上に複雑な家族関係に、言葉を失ったのだった。

 

「先輩が気にする事じゃないですよ」

 

 

 固まってしまった真由美に近づき、普段見せない顔を見せる達也。そのおかげで―所為で―真由美の顔を一瞬で赤く染まってしまったのだった。

 そんなやり取りがあった翌日、真由美からのメールには――

 

『防諜第三課のスパイ収容施設が襲撃され、捕まっていたパラサイトが殺された』

 

 

――と書かれていた。




二人きりだったのに、全然この状況を活かせなかった真由美さん……

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