この夜、活動していたのは達也たち高校生グループだけではない。達也は真由美にも克人にも声を掛けていなかったので七草・十文字グループは動いていないが、千葉家のグループはエリカの意向を受けてそれなりの人数を出していた。それなのにエリカが自分たちだけで駆け付けたのは、今晩動員しているメンバーの中で彼らが最も強かったからに他ならない。
もっとも自分たちだけで動いた結果、拘束したパラサイトを見張りつつ護送車を待つという条項に置かれている訳であって、護送車より先に厄介な相手に見つかってしまったのだが……
「おい、そこで何をしている!」
街灯の向こうに自転車を止めて大声で詰問しながら駆け寄って来たのは、警察の制服を着た二人の若い男だった。二人を見て、幹比古は顔に狼狽を浮かべ、レオはふてぶてしい嗤いを唇に刻み、エリカは無言で挑戦的な視線を向けた。
「なんだこれは!? お前たち、高校生だろ。いったい何をしていた!?」
「いえ、これは、そのですね」
「アンタたちこそ、何者?」
「何だと!?」
職質を受けたと思っている幹比古が言い訳にならない言葉を必死に捻りだそうとした隣で、エリカが高圧的に反問した。思いもよらない反抗的な態度に、男たちは怒気を強め、幹比古は信じられないという目を向けた。
「聞こえなかった? アンタたちは何、って訊いたのよ。知らない? 現在この区画には警官はいないの。そういう命令が出ているからね。ウチのバカ兄貴も、こういうところで抜かったりしない」
エリカの言葉は何の根拠も伴っていない。本物の警官であれば鼻先で笑い飛ばして然るべきセリフだった。それなのに、彼女の前に立つ若者は、動揺を見せてしまった。
「何をバカな事を」
「変装するなら私服刑事にするんだったね。そしたら話くらい聞いてあげたのに。聞いてあげるだけだけどね」
彼女を怒鳴りつけようとした長身の若者を、同僚が押し止めた。入れ替わりに前に出る。比較すれば背は低いが体格はこちらの方がガッチリしている。
「訳の分からない言い逃れをしようとしても無駄だぞ。暴行の現行犯だ。一緒に来てもらおう」
「へぇ、あくまでシラを切るんだ。でもおあいにく様。この二人は婦女暴行未遂の現場をあたしたちが取り押さえたの。私人逮捕ってヤツね。で、本物の警察官が来るのを待ってるとこってわけ。偽物さんが出る幕じゃないのよ。お・分・か・り?」
スラスラともっともらしい話をでっち上げる幼馴染を幹比古は感心しながら見ていた。嘘だと分かっていても騙されてしまいそうだった。エリカに感心していた所為で、忍び寄る気配に気づくのが一拍遅れた。
「ミキ!」
「幹比古!」
音も無く黒い影が頭上から襲い掛かる。霊園を囲む塀を飛び越えて襲ってきたのだ、と認識した時には迎撃が間に合わないタイミングだった。
幹比古は肩に衝撃を感じた。突き飛ばされた、と気づいたのは無意識に前転受け身をとった後だった。頭上に掲げたレオの腕が、振り下ろされた棍棒を受け止めている。
「チッ!」
着地したばかりの相手に対して風を切る勢いの鉄拳を叩きこもうとしたが、その拳は襲撃者の身体を浅く捉えただけで引き戻された。街灯の弱々しい光の中で、閃く電光を幹比古は身た。
「レオ。離れて!」
幹比古は左腕を勢いよく振った。袖口から飛び出してきた扇子型のCADを慣れた手つきでキャッチし、レオを襲ってきた男へ向けて援護の術を放とうとするが、何か輪のような物が横合いから飛んできてCADにぶつかった。CADを落とす事はしなかったが、術は中断を余儀なくされる。
交戦しながら幹比古は、縛り上げたパラサイトから自分たち三人が少しずつ引き離されている事に気がついた。まだ三人より近い距離に入り込まれてはいないが、このままズルズル引き離されれば応援が来る前に捕虜を横取りされるかもしれない。多少無理してでも手早く片付ける必要がある。
そう決意した直後――いや、おそらくは相手もこれ以上もたないと判断したのだろう。時機に関する幹比古と敵の判断が一致して、敵の行動の方が一歩早かった。
頭上から何かが落ちてくる音が聞こえた。レオは相手を蹴り飛ばし、エリカは鋭い連撃を浴びせ、共に敵から距離をとった。
「伏せて!」
叫ぶと同時に空気の繭がエリカとレオを覆った。幹比古が作り出した防護結界。頭上より落とされた爆弾は、地面に落ちる前に破裂して街灯の明かりを煙幕で隠した。
煙幕を幹比古が起こした風で吹き払うと、何が起こっているのか明らかになった。上空から太いワイヤーでたらされた金属のアームが、パラサイトの身体を掴み取り急速に巻き上げられている。ワイヤーの出所は、何時の間にか夜空に浮かんでいた、闇に紛れる漆黒の船体だった。捕虜の身体がゴンドラの中に消えていった。
エリカが衝撃波を放つ斬り上げの構えを見せる。彼女の斬撃は戦略級魔法の威力はないが、飛行船ならガス袋を切り裂いて撃墜する事が出来るかもしれない。
「ダメだ、エリカ!」
しかし幹比古に制止されて渋々構えを解いた。こんなところで飛行船を撃ち落としては大参事になると、彼女にも分かっていた。
飛行船に気を取られている内に、襲撃者の姿も消えていた。偽警官一味と飛行船が同じ勢力に属しているのは明白だった。
「参ったわね、これは……」
全く同感だ、と深く頷いていた幹比古へ、エリカがやけに愛想の良い笑顔で振り返った。
「達也君になんて言おう?」
「えっと、電話した方が良いよね?」
幹比古はレオに助けを求めたが、レオは幹比古の視線に肩を竦めた。
「夜も遅いし、迷惑じゃね?」
「あはっ、そうよね。もう遅いし明日にしましょうか」
「そうだね。明日にしようか」
レオの出した結論に、二人が同意し、空々しい笑い声が三人分、夜の都心に吹く微風に紛れこんだのだった。
「怒られる……よね?」
「どうだろう。達也なら許してくれると思うけど……」
「顔が笑ってても目が笑って無い、って事もありそうだ」
レオの呟いた言葉に、エリカと幹比古は無意識に自分の肩を抱いていたのだった。
乾いた笑いしか出ないよな……達也怖いし……