劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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身も蓋も無い言い方をすれば、覗き見ですけどね


もう一人の傍観者

 何時もの響子であれば気がついたかもしれない。だが今の彼女はハッカーではなくオペレーターとして、システムに定められた通りの操作手順を守っている。この条件下では「電子の魔女」といえどもシステムが想定していない手順による傍観者に気づく事は出来なかった。

 丁度その場面へ目を向けていた傍観者、四葉真夜は目を覆うシェード型のモニター装置を外し、背もたれに体重を掛けて目を閉じた。時間にしておよそ十秒。彼女はモニターをデスクの中に収納すると、脇に置かれていたハンドベルを手に取り振った。

 

「お呼びでしょうか、奥様」

 

「青木さんを呼んで頂戴」

 

「畏まりました」

 

 

 ベルを鳴らしてすぐ、真夜の執事である葉山老人が部屋に現れ、用件を聞いて丁寧に一礼して再び部屋から出て行く。そして暫く待った後、足音こそしないが、慌ただしい気配が近づき、扉を叩く音がした。

 

「入りなさい」

 

「失礼します」

 

 

 葉山の落ち着いた声が返ってくる。気忙しい気配はその隣から発せられている。入って来たのは葉山と、彼よりもかなり年下の―それでも真夜よりは年上の―壮年の執事だった。

 

「遅い時間にごめんなさいね、青木さん」

 

「滅相もございません。奥様のお呼びとあらばこの青木、地球の裏側からでもすぐに参上致します」

 

「早速ですけど、入手してほしい物があります」

 

「はい」

 

 

 青木は四葉の資産管理を任されている金庫番。彼に声が掛かるということは、単なる買い物では無いという事だ。四葉にとっても安くない物か、購入自体が難しい希少品や非売品の類か。

 

「魔法大学付属第一高校に貸し出されている3H-P94を至急買い取って頂戴。金額も手段も問いません。もし入手が困難な場合は、現在の持ち主から所有権が移転されないように処置しなさい。特に、十師族の他家の手に渡る事が無いように。こちらの工作も費用を気にする必要はありません」

 

 

 真夜が「金額を問わない」と言うのは珍しくないが、「手段を問わない」と明言するのは珍しい事で、また失敗した場合の対処法まで細かく条件をつけるのは、少なくとも青木にとって初めての事だった。

 

「畏まりましてございます」

 

 

 青木は一瞬動揺を見せたが、それを声に反映させず恭しく一礼した。

 青木が急ぎ足で退出した後、側らに控えたままの葉山に、真夜は探るような目を向けた。だが結局葉山のポーカーフェイスを突破出来ず、真夜から促した。

 

「……何か言いたい事があるのではなくて?」

 

「誠に僭越ながら……フリズスキャルヴのご利用は少々控えられた方がよろしいのではないでしょうか」

 

 

 予想通りの耳に痛い忠言に、真夜は眉を顰めながらもそれに対して怒りを見せる事も出来なかった。アレの利用がメリットばかりでないということは、オペレーターである真夜が誰よりも弁えている事だったからだ。

 

「アレは純然たる科学技術の産物ですよ。まだブラックボックスの部分が少なくない魔法より、余程副作用のリスクは少ないはずです」

 

「真夜様、私めはそのような事を申し上げているのではありません。それにブラックボックスというならば、フリズスキャルヴは本体の設置場所すら分かっておりません。今まで嘘を吐かなかったからといって、これからもそうだという保証は何処にも無いと存じます」

 

 

 葉山の主張には確かに道理がある。それに彼が指摘しなかった危険性も真夜には分かっていた。

 

「そうですね……葉山さん、貴方の言う通りでしょう。最近の私はアレの情報収集能力に頼り過ぎていたようです」

 

「確かに捨ててしまうには惜しい性能です。私めが愚考いたしますに、達也殿であればフリズスキャルヴの本体が何処にあるのか、突き止められるのではないでしょうか。本体に直接アクセスできれば、フリズスキャルヴを独占的に支配することも、あるいは可能かと」

 

「……まだ早いわ」

 

 

 意表を突かれて短くない時間考え込んだ後、真夜は首を横に振った。何が早いのか、解釈の余地を残した回答に、葉山は一礼して真夜を残し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず口をついて達也の独白。深雪はそれを眩暈を起こして倒れたほのかの介抱をしながら聞き、兄に振り向いた。

 

「しかしまずいな……」

 

「そう言えば……そうですね。お兄様、一旦この場を離れませんか?」

 

 

 余りにも自然に応えが返って来たので、達也はそのまま頷いてしまいそうになった。この打てば響く理解力を当たり前のものと思っていると、いつか大きなしっぺ返しを喰らいそうな気がする。

 だが今心配すべきは別の事。先ほどの大規模なサイキック。あの反応はこの青山・赤坂一帯で観測されたに違いない。もうすぐ望まざる客人が種々押しかけて来るだろう。

 

「(そうだな……古式に何か適当な術式があれば良いんだが)」

 

「達也君!」

 

「ゴメン、遅くなった」

 

 

 噂をすれば、ではなく丁度顔を想い浮かべていたところに、本人の声が聞こえた。漸くお出ましのようだ。

 

「えっと……達也? 何だか顔が怖いよ?」

 

「俺は強面だからな」

 

「いや、強面っていうのは微妙にそういう意味じゃないというか……意識してやってるなら余計怖いんだけど」

 

 

 何故かビクビクしている幹比古を一瞥して、達也は予定より一名多いその当人に声を掛けた。

 

「レオ、お前も来たんだな」

 

「ああ。リハビリがてら付き合わせてもらってるぜ」

 

「無理はするなよ。で、エリカ」

 

「ん、なに?」

 

「なるべく早くこの場から離れなければならないんだが、こいつら三人を運ぶ手段は用意しているのか?」

 

「えっ、何で?」

 

 

 達也の言葉に振り返ったエリカは、本気で不思議そうな顔をしていた。

 

「何でって、エリカ……さっきの念波を感じなかったの? あれだけ派手に魔力をまき散らしたんだ。寄ってくるのは普通の警察だけじゃないと思うよ」

 

「そんなの最初から覚悟の上よ、と言いたいところだけど……達也君たちに迷惑掛けちゃまずいか」

 

 

 幹比古が焦りを隠せぬ顔で口を挿み、それを聞いたエリカは少し窺い見るような目つきになった以外は何時も通りだった。少なくとも、レオや幹比古が気づかない程度には。

 

「えっと、ミキのトコの倉に運ぶけど、いいよね?」

 

「良いのか、幹比古?」

 

「えっ、もちろんだよ。そもそもこれは、本来僕たちの仕事だ」

 

「じゃあここはあたしとミキと、ついでにレオで引き受けた。達也君たちは先に帰った方が良いよ」

 

「何故だ? 積み込む時間くらい、待っているが」

 

「達也、その、ね……」

 

 

 言いにくそうにしている幹比古の視線を達也がたどると、その先にはスカートが所々裂けているピクシーと、ハーフコートに不自然なスリットが複数追加されているほのかの姿。

 

「……車を呼ぶか」

 

「その方が良いと思う」

 

 

 達也はエリカたちにこの場を任せる事にした。




達也って強面なのだろうか?

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