顔を覆ったほのかを誰かが問い詰める前に、別の場所から答えがもたらされた。
『その通りです。私は、彼に対する、彼女の特別に強い想念によって覚醒しました』
ピクシーの唇は人が言葉を発する時の動きをなぞっているが、その言葉は耳ではなく意識に響いた。
「能動型テレパシー?」
「残留想子の正体は、魔法ではなくサイキックだったようですね」
あずさの呟きにそう応えて、達也はピクシーの正面に進み出た。
「音声によるコミュニケーションは可能か?」
『音声を理解する事は可能です。ただ、この身体の発声器官を操作するのは難しいので、こちらの意思伝達はテレパシーを使わせてください』
「器官じゃなくて装置だからな。それにしても、我々の言語に随分通じているようだが、どうやって修得したんだ?」
『前の宿主より知識を引き継いでいます』
「お前はやはり、あの時のパラサイトか?」
『パラサイト――寄生体。確かに我々は、そのようなモノです』
「お前たちはそうやって宿主を換える事が出来るのだな。今までに何人を犠牲にした?」
『犠牲――その概念には異議があります。何人か、という質問には答えられません。私はそれを、覚えていない』
達也とピクシーの中のパラサイトの会話に、口を挿もうとする者はいなかった。誰もが固唾を呑んで一人と一体を見詰めていた。
「覚えていないくらい多数、という事か?」
『違います。我々が宿主を移動する際に引き継ぐ事が出来るのは、宿主のパーソナリティから乖離した知識だけです。パーソナリティと結びついた記憶は、移動の際に失われます』
「なるほど、だから前の宿主がどんな人間だったか分からない、それが一人なのか二人なのか、もっと大勢なのかも憶えていないという事だな」
『その通りです。貴方の理解は正確だ』
「質問に対する回答以外にもそうやって感想を述べる事も出来るんだな。お前たちにも感情はあるのか?」
『我々にも自己保存の欲求があります』
「つまり自己の保存に有益か有害かの判断に由来する好悪は存在すると言いたいんだな」
達也は一旦言葉を切って、質問を再開した。
「だが、感情の源泉を今ここで論ずるつもりはない。お前の事は何と呼べばいい?」
『我々には名前がありませんので、この個体の名称「ピクシー」と呼んでください』
「電子頭脳からも知識を引き出せるのか?」
『この身体を掌握してから可能になりましたが、個体名称については、先ほど貴方がそう呼んでいました』
「ではピクシー。お前は我々に敵対する存在なのか?」
『私は貴方に従属します』
「俺に? 何故」
この質問に対し、ピクシーが、その中に宿るパラサイトが一際情熱的な眼差しを達也へ向けた。
『貴方のものになりたい。私は彼女――個体名「光井ほのか」の、この想念によって休眠状態から覚醒しました』
声にならない悲鳴の後、塞がれた口から漏れる呻き声が達也の耳に届いた。チラリと振り返ってみると、深雪とエリカが二人掛かりでほのかの口を押さえていた。
『我々は強い想念に引き寄せられ、その想念を核として「自我」を形成します』
「強い想念? それはどんな種類の想念でも良いのか?」
『いいえ。私たちの自我を生み出す事が出来るのは純度の高い想念のみです』
「純度が高いとは、単一の欲求に基づく想念という意味か?」
『その通りです。貴方がた人間の言葉では「祈り」という概念が最も近いと思われます』
達也はこの「祈り」について深く追求する事はしなかったのだが、ピクシーが聞かれもしない事を丁寧に話してくれた所為で、ほのかが羞恥心に耐えられなくなりその場に崩れ落ちた。口を塞いでいた深雪とエリカもつられるように崩れ落ちたが、達也はその三人に目を向けただけで、ピクシーに質問を続けた。
「お前たちに自我があるという事も意外なら、お前たちがあくまでも受動的な存在だというのも意外だ。つまりお前たちは望んでこの世界に来たのではない、ということか」
この後も、細かな質問を続けた後、達也はピクシーに命令し、表情を変える事と、サイキックを無断で使う事を禁止したのだった。
達也と深雪は、自動運転車の車中で今日あった事を話していた。
「ロボットに魔物が取り憑くなど、思いもよりませんでした」
「ヒューマノイドタイプだから、なんだろうな。とんだ付喪神だ」
まだ信じられないという表情の深雪に、信じたくないと言わんばかりの口ぶりで達也が答えた。
何故このような場所で会話しているのかというと、深雪を送り迎えする上での保安対策と箔付けの為だ。そうと知る者は多くないが、深雪は良家の子女、つまり「お嬢様」である。それもかなりハイクラスの。
「それでお兄様……どうなさるおつもりですか?」
「どう、とは、ピクシーをどう扱うかということかい? 家に連れて帰るわけには行かないからな。適当な口実を作って、学校で情報を引き出す事になるか」
「……連れて帰らないのですか? ピクシーはそれを望んでいるはずでは……」
「家に入れられるはずがない。パラサイトの生態や性質は殆ど分かって無いんだ。あのパラサイトが嘘を吐いていないという保証は何処にもない。ほのかの思念に感応した、という主張はまるで根拠が無いというわけじゃない。それを裏付ける『姿』を美月が見ているのだから。でもそれ以外の事は相手がそう言ってるというだけだ。どんな能力を持っているのかも分からないのに、懐に入れられるはずがない。もしピクシーが他のパラサイトと交信出来る能力を持っていて、眠っている時に仲間を呼び寄せられでもしたら最悪だ。少なくとも他の個体と連絡を取る手段があるのか無いのか確認してからじゃないと、迂闊な事も訊けない」
「しかしそれですと、訊問してもその答えを信じて良いのかどうか、分からないのではありませんか?」
「その点は人間の捕虜を訊問する場合も同じだよ。もたらされた情報の真偽は、こちらで判断するしかない」
達也が淡々とした口調で断じる答えを聞いて、深雪の顔から翳が取れて行き、最後の答えを聞いて、硬さは残っているものの、深雪の顔を覆っていた憂いの色は拭い去られていた。
ほのかが哀れだ……まぁ、救いは考えてますけどね