劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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凄まじい数だ……


義理チョコ

 この場を誰かに覗き見・盗み見されていないか、達也は十分な注意を払っていた。とはいえ、エレメンタル・サイトを使う事まではしていない。たかがバレンタインに機密指定のスキルが露見するリスクは冒せなかったのだ。

 だが、達也はエレメンタル・サイトを使うべきだったのだ。確かに、盗み聞きを意図した者はいなかった。その直前まで、それは意識を持っていなかったのだから。

 一高敷地の片隅に建てられたガレージの中、心を持たぬ人形の中で微睡んでいたそれは、己をこの世界に引きずり込んだものに似た波動に目を覚ました。

 目を覚ました、という表現は些か違うかもしれない。祈りに似た、強く純粋な思念を浴びて、それに新たな自我が芽生えた。意識無き人形に宿るそれに、意識が生まれた。人形に意識が宿ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 教室に着いたほのかは、荷物を置くや否や、一足先に到着していた深雪を引き摺ってトイレに駆け込んだ。お目当ては個室――ではなく鏡の前。

 達也からもらった簡素なデザインのヘアゴム――ただしデザインは単純でも造りと素材は安くない――を大事に扱いながら、自分の髪を纏めていく。

 

「ねっ、深雪、どうかな? おかしくない? 似合ってる」

 

「安心しなさい、ほのか。良く似合ってるから」

 

「……本当に?」

 

「本当よ。お兄様が似合わない贈り物を選ばれるはずが無いでしょ。……羨ましい」

 

 

 深雪の言葉に舞い上がっていたほのかには、深雪が最後に零した言葉は届かなかった。

 

「それにしても達也さん、私がチョコを用意してるって何で知ってたんだろう?」

 

「ああそれは、私が昨日お兄様にお話ししたからよ。ほのかがお兄様に渡すチョコの事で頭がいっぱいで、仕事が手に着かなかったって」

 

 

 達也からの贈り物に嫉妬していた深雪だったが、それをほのかに覚られるほど彼女の猫の皮は薄くない。何時も通りの笑顔を浮かべながら、深雪はほのかに達也がプレゼントを用意出来た理由を教えたのだった。

 

「ほのかはお兄様から訊いていらっしゃるでしょうけども、お兄様は誰かを好きになる事が……」

 

「うん、訊いてる。でも、可能性はゼロじゃないんでしょ?」

 

「そうね。でも、かなり難しい事なのよ。お兄様は昔、心を開いていた相手に目の前で死なれた事があるから」

 

 

 深雪の言葉に絶句するほのか。さすがの深雪もこれ以上話すつもりはなく、固まってしまったほのかを現実に復帰させて、教室に戻ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方で、達也は教室に向かう途中でチョコレート攻めに遭っていた。初めは二科生の同級生から、次に紗耶香と巴の剣道・剣術娘と繋がり、二科生の上級生、一科生の上級生と次々に達也にチョコレートを渡し出したのだ。深雪がいない今が幸いと言わんばかりに……

 

「よう達也、凄い量だな」

 

「復帰早々エライ挨拶だな。もう大丈夫なのか?」

 

「おうよ! まぁ、寝てた分体力は落ちたかもだけどな」

 

 

 教室に着いた達也を出迎えたのは、昨日退院し今日復帰したレオだった。達也も何度かお見舞いには行っていたが、最近は新魔法開発で忙しくて足が遠のいていたのだった。

 

「二人とも、朝の挨拶は『おはよう』だと思うけど……」

 

「おう、幹比古。おはよう」

 

「おはよう、幹比古」

 

「うん、おはよう……でも、確かに凄い量だね」

 

 

 挨拶に満足がいったのか、幹比古も達也が貰って来たチョコレートの数に驚いている……いや、戦いていると表現したほうが適切かもしれない……まだ「今日」という日は始まったばかりなのに、既に両手の指では数えられない量のチョコを手にしている達也に、幹比古だけではなくクラスメイトの男子の殆どが嫉妬と羨望の眼差しを向けているのだ。

 

「達也さん、レオ君、吉田君、これ」

 

 

 そんな中、美月が特に何も意識してない風に――実際彼女はバレンタインを行事としか認識していない――三人にチョコを手渡した。一目で分かる義理チョコだ。

 その事実に不満そうな顔をしている少年が一人いるが、達也は武士の情けでその事を指摘しなかった。一方のレオは、貰ったチョコをマジマジと眺めていた。

 

「家族以外からもらうのは初めてだな」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。達也は中学時代とかは貰ってたんだろ?」

 

「いや、同級生からは無かったな」

 

 

 達也に渡したがっていた女子は大勢いたのだが、一年の夏休み明け「とある事情」で達也にベッタリになった深雪の所為で渡せなかったのだ。

 ちなみに、同級生以外では、既に軍役に就いていた響子や、再従妹にあたる亜夜子、分家筋の津久葉家の夕歌から義理チョコ以上本命以下のありがたいチョコを貰ってたりしていたのだ。

 

「ふーん、退院してすぐ復帰したと思ったら、アンタチョコが目当てだったのね」

 

「エリカ、おはよう」

 

「うん、おはよう達也君」

 

 

 レオが何かを言いかけたが、達也がエリカに挨拶をして所為で(お陰で?)口論に発展しなかった。

 

「エリカのとこは大変じゃないのか? 男性の門下生が多いだろ?」

 

「チョコを一つだけ用意して勝ち上がった一人だけが食べれるのよ。その点ミキのところは良いわよね。女性の門下生が多いから」

 

「そうなんですか、吉田君?」

 

 

 美月は自分が何故こんな事を訊いたのか自分でも理解してなかった。でも訊かずにはいられなかったのだった。

 

「違うよ! ウチはそんな浮ついた気持ちで修行してないから!」

 

「へー、じゃあウチの連中は浮ついた気持ちで修業してると?」

 

「ち、ちが……」

 

「まぁ良いや。それよりも達也君、これあげる」

 

 

 幹比古の抗議をあっさりと流して鞄から小箱を取りだしたエリカ。中身はもちろんチョコだ。

 

「ありがとう」

 

「お返し、期待してるからね」

 

「やっぱりそれが目当てか。がめつい女だ」

 

「何ですって!」

 

 

 レオの余計なひと言でエリカがキレた。というかレオも分かっていて何故そんな事を言うのだろうか。それが達也以外の男子の共通の思いだった。

 

「ところで達也さん、さっきから周りがピリピリしてるような気がするんですけど……」

 

「ん? まぁエリカと美月のチョコを欲しがってる男子たちだろ」

 

 

 達也がチラリと視線を周りに向けると、気まずそうな雰囲気で男子たちが視線を逸らしたのだった。

 

「それだけじゃ無い気がするんですが……」

 

「達也君にチョコを渡したい子たちの視線でしょ」

 

 

 エリカの言葉に、女子たちも気まずそうに視線を逸らしたのだった。




幹比古が不満そうなのは……これ以上は彼の名誉の為に触れないでおきます。

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