劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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またしてもバッサリいきました


救援

 それから二回行き先を占い、十分ほど歩いたところでエリカと幹比古は走り去る小さな二つの足音を聞いた。ラバーソールの逃げる足音と追いかける足音。おそらく一人の逃亡者と一人の追跡者。

 二人は顔を見合わせ、直後何の合図も交わさず同時に走り出した。エリカは闘争の気配を、幹比古は精霊のざわめきを、異なる感覚で、同じ直感を得て――見つけたと。

 エリカが僅かに先行し、幹比古がその後に続く。走りながらエリカは肩に掛けていた細長いケースから鞘に納まっていない剥き出しの刀を取りだした。刃が付いて無い代わりに術式刻印が刀身の全面に刻まれた、五十里家謹製の武装デバイス。街中では目立ち過ぎる大蛇丸の代用品として五十里啓からエリカに贈られたもので、大蛇丸程ではないにしても、慣性制御術式を補助する機能がある。

 一方の幹比古は、杖の端を二握り分ほど余らせて右手で持ち、左手を斜めに振り下ろした。袖口から飛び出した扇子の様なものを、左手で掴み取る。薄く細長い金属の短冊を扇形の骨組で繋いだ鉄扇もどきは、一つ一つの短冊が呪文と呪陣を刻んだ一枚の呪符。短冊と一体形成された金属の骨が、術者の想子を伝えるライン。扇の要から伸びるコードは、袖の下に隠れた想子信号発振ユニットに繋がっている。

 これもまた、CADの一種。古式魔法の呪符と詠唱という二段構えの発動プロセスをCADにより再現する為、達也のアドバイスを元に幹比古がアイデアを纏め吉田家出入りの技術者に作らせた新型の古式魔法用補助具だった。

 交錯する二つの人影。一方はフード付きのコートに顔と身体を隠し、もう一方は目の周りを覆う仮面で顔を隠している。どちらも女、に見えた。

 

「ミキはコートの方を。アタシは仮面を抑える!」

 

 

 レオの証言に照らし合わせれば、怪しいのはフード付きコートの方だ。だがこんな夜中に仮面をつけて顔を隠した人間が怪しくないはずが無い。何より女の持つ大型ナイフと、それを振う女の腕が、遠目に見ただけでエリカの警戒心を強く刺激した。

 自己加速は使わず刀身の強度を上げる刻印魔法だけを使って、仮面の女に斬りかかるエリカ。彼女の斬撃は魔法で加速せずとも達人と呼ばれる一握りの人々を除いて、生身の身体能力だけで躱す事の困難な速さがあった。

 女のナイフさばきは一流のものだったが、達人と呼べるほどではない。故にエリカの一撃を受け止める事は出来ても、躱す事など出来ないはずだった。――ただの人間だったなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカも幹比古も互いに互いの腕を信じている。だから助太刀などという無粋な事はしない。例えお互いに劣勢であったとしても。

 幹比古の戦況を確認しながら、エリカはひたすらに仮面の女と戦っている。さっきから捉えたと思ってもはじかれたり、思っても無い場所から攻撃されたりと何かとやりにくさを感じながらも、自分も致命傷となる攻撃は喰らっていない。

 

「(しぶといわね……)」

 

 

 相手が銃を持ち上げ、銃口をエリカへ向ける直前に、エリカが銃身を叩いた。

 

「(もらった!)」

 

 

 銃を払われた仮面の女が小さな雷球を飛ばしてきたので、エリカは後退してそれを避けた。銃口が上がりきらない内に仮面の魔法師目掛けて突進したのだ。

 だがエリカが間合いの内に踏み込み、刀を振り下ろそうとしている最中で、足元から突き上げる衝撃波に宙を舞ったのだった。

 

「グッ!」

 

 

 衝撃に意識を手放しそうになったのは一瞬の事。すぐさま身体を起こし相手を見据えたが、追撃は無かった。

 

「何で……?」

 

 

 仮面の魔法師は左手で右肩を押さえている。加速魔法か移動魔法か、相手の魔法に吹き飛ばされる直前、刃のついていないエリカの刀が敵の右肩を強かに打っていたのだ。仮面の魔法師は手で肩を押さえたまま、幹比古と吸血鬼の戦っている方へ目を向けていた。

 正確にはその更に向こう、バイクに跨ったまま銀色のCADを吸血鬼に向けた少年へ。少年の顔はヘルメットに覆われて見えないが、それでも霞んだ意識のまま戦闘態勢を維持していたエリカには、その少年が誰だか分かったのだった。

 

「達也君……?」

 

 

 エリカ、幹比古、吸血鬼。間に挟む敵と味方を視界に収めながらも、達也の目は金色の瞳に吸い寄せられるように仮面の魔法師へと向いていた。また、仮面の魔法師の目も達也に向いていた。

 

「(達也、何故ここに!?)」

 

 

 驚きながらも、仮面の魔法師が左手を達也へ向け、その指がまるで印を組むように動き、一瞬もおかずに魔法発動の兆しが生じた。

 しかしその兆候は世界を書き換える前に霧散した。金色の瞳に動揺が走る。異なる魔法式が三度形成され三度霧散する。

 

「あっ!?」

 

 

 幹比古が声を発した。理由は吸血鬼が逃げ出したから。シールドに隠れた達也の視線が、仮面の魔法師からそれた。それはほんの一瞬の事。

 

「(ここしかない)」

 

 

 その一瞬を仮面の魔法師は見逃さなかった。その一手は魔法では無かった。魔法なら目を逸らしていても達也の「視力」は見逃さなかっただろう。あるいはそれに仮面の魔法師は気づいていたのか。ダラリと垂れ下がった右手に握られていた拳銃が、銃口を下に向けたまま銃弾を吐き出した。射手本人の足元で火花が散り、それは瞬時に閃光へと変わった。くぐもった銃声が五回続き、仮面の魔法師の姿を閃光が覆い隠した。

 達也は魔法の照準を仮面の魔法師本人へと向け、相手の足を狙って部分分解の魔法を発動しようとした。

 だが相手の身体情報に手応えが無かった。実体を反映しているはずの情報体は、表面だけで中身が無かったのだ。色彩と輪郭が記録されているだけで、材質や質量や構造に関する情報が抜け落ちていたのだ。

 

「(仮装行列(パレード)か)」

 

 

 達也は魔法を中断して手を下ろした。閃光が消えた公園に、仮面の魔法師の姿も、吸血鬼の姿も、共に無かった。達也は仮面の魔法師が逃げたであろう方角に視線を向け、苦笑いを浮かべていた。

 

「(やはり君には向かない仕事だな、リーナ)」

 

 

 スターズ総長である彼女が、一介の高校生に過ぎないエリカと互角という事実を見て、達也はそんな事を思ったのだった。エリカの実力が免許皆伝レベルだと言う事を知りながらそんな事を思う達也は、やはり高校生レベルでは無かったのだろう。




エリカにもチャンスが……

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