劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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正確には外なんですけど、一応こんなタイトルです……


病室での攻防

 エリカは学校を休みレオの看病をすると言う名目でレオの病室を監視していた。その事は達也には理解してもらっているが、他の友人にはからかわれる対象として思われているのだろう、とエリカは考えていた。

 

「あら、千葉さん」

 

「……七草先輩」

 

 

 監視していた病室に、前生徒会長と前部活連会頭が訪ねてきたのは、エリカには予想外だった。レオは生徒会でも部活連でも無いのに、二人揃って見舞いに来るのはおかしいとエリカには思えるのだ。まだ現生徒会長と現部活連会頭が訊ねてくる方が自然だと。

 克人は一瞬だけ視線をエリカに向け、それで興味を失ったのか何も反応を見せず、真由美も挨拶と軽い会釈を、これまた見事な愛想笑いを浮かべながらエリカに向け、それ以降はエリカに視線を向けずに扉に視線を固定している。

 病室の扉をノックする真由美を、エリカは止めなかった。彼女はレオの病室を訪ねてくる「招かれざる客」を見張ってるだけなのだから、二人が訪ねて来たのを止める理由が無い。

 エリカは二人の先輩に声もかけずにその背後を通り抜けて行ったのだった。向かった先は病院の事務室の一つ。そこには彼女の兄とその腹心の姿があった。

 ノックもなしに入ってきたエリカから寿和は気まずげに、微妙に視線を逸らした。その頬が少し赤く腫れている、否殆ど腫れが引いている兄の顔を見て、もう少し強く殴ってやればよかったとエリカは後悔した。何せ、この「バカ兄貴」が無抵抗に殴られてくれる機会など滅多に無いのだ。

 

「えっと、お嬢さん。何か物騒な事を考えてませんか?」

 

 

 エリカが尖った視線を稲垣に向けると、気圧され目を泳がせ始める。父親からは冷遇されているエリカだが、門下生には彼女のシンパは多いのだ。

 また、元々の才能に加えてこの半年で急激に腕を上げていたエリカに対抗しうる剣客は現在既に、当主と二人の兄だけだと言われているので、稲垣が稽古の相手に指名されなどすれば、良いように小突きまわされるのがオチなのだから。

 

「兄貴、今アイツのところに七草の直系と十文字の直系が訪ねて来たんだけど?」

 

「昨晩、西城君と一緒に救出された女の子が、七草家の家人だったらしい」

 

「それだけ?」

 

「上からのお達しでね、それ以上は詮索するなと」

 

 

 芝居がかった仕草で両手を上に向け寿和が肩を竦める。その態度に苛立ち手が出そうになったが、エリカは何とかこらえて舌打ちでを漏らした。

 

「霞ヶ関なら兎も角、桜田門はコッチのフィールドでしょ」

 

「俺たちは霞ヶ関の所属なんでね」

 

「使えないわね」

 

 

 忌々しげに呟いたエリカの言葉に、寿和と稲垣は揃って居心地の悪そうな顔をした。ただ、それ以上の八つ当たりをしないだけの理性を、エリカは残していたのだった。

 

「盗聴器は?」

 

「部屋に入ると同時に壊されちまったよ。妖精姫のマルチスコープがここまで高性能とは予想外だ」

 

「ますます使えないわね……それで、部屋の外に仕掛けたやつはどうなのよ?」

 

「そっちは音波遮断で無効化されました。十文字の障壁魔法です」

 

 

 寿和の答えに呆れ、稲垣の事務的な答えには、最早エリカは「使えない」とすら言わなかった。

 

「じゃあ推測で良いわよ。心当たり、あんでしょ?」

 

 

 エリカに睨まれ、あまり女の子らしくない口調で問われ、寿和は再び肩を竦めた。

 

「本当に推測でしかないぞ? どうやら七草は被害者を隠匿しようとしてるようだな」

 

「……死体を隠してる、って事? つまり今回の『吸血鬼』事件は、魔法師絡みの事件って事ね?」

 

「多分ね。被害者か加害者かは分からないが」

 

「被害者? 魔法師による犯罪なら警察に任せず自分たちで秘密裏に処理しようとするのも分かるけど、魔法師が被害者になってるなら、警察に隠す必要ないんじゃない?」

 

「さて、そこなんだよな。今回の事件が一筋縄じゃ行かないような気がするのは」

 

 

 喧嘩腰な妹のセリフに、寿和は二ヤリと笑って答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、達也は何時ものメンバーを引き連れて中野の警察病院へレオの見舞いに訪れた。受付で病室を訊いてエレベーターへ向かうと、その少し手前で横合いから名前を呼ばれた。

 

「達也君、みんな、来たんだ」

 

「エリカ、まだいたのか」

 

「ずっとここにいた訳じゃないわよ。一旦家に戻って、一時間くらい前にまた来たトコ。達也君たちが来るだろうと思ってね」

 

 

 ゾロゾロと一緒にエレベーターに乗り込みながら、エリカが達也の疑問に答える。質問に答える名目で達也の側に立ったエリカを、深雪とほのかは少し面白くない顔で見ていたのだが、それに気付いたのは達也だけだ。

 だが、エリカの声と表情があまりにも自然過ぎて、かえって嘘くさかった、という事はエリカ以外の全員が気づいていた。

 

「それにしても、達也君は兎も角美月とミキは学校休んで来ると思ったのに」

 

「本当はそうしたかったけど、エリカちゃんのように口実が無かったから」

 

「まぁ、アイツが襲われた原因の半分はウチのバカ兄貴だからね」

 

「レオが捜査協力してたんだって? よっぽど難しい事件なんだね」

 

 

 レオが寿和を手伝っていた事は、今回の事件の所為で知られてしまっている。ただ本格的な捜査協力では無かったので、身近な人にしか知られていないのが不幸中の幸いだった。

 

「そう言えば七草先輩と十文字先輩が訪ねていらっしゃったのだろ? 何の用事だったんだ?」

 

「達也君、何で知ってるの?」

 

「受付名簿に名前があった」

 

 

 今の世の中、見舞いに来るにも名前と関係を記さなければならないのだ。達也は名簿に記入をする時に目ざとく二人の名前を見つけていたのだ。

 

「さすが達也君よね……でも何で訪ねてきたのかはアタシには分からないわよ。一緒に病室にいた訳でもないからね」

 

「……なるほど」

 

 

 盗聴器も駄目にされた、とエリカが言外に達也に伝え、達也はそれを正確に受け取った。

 

「それでエリカちゃん、レオ君は大丈夫なの?」

 

「メールでも伝えたでしょ。とりあえずは大丈夫よ」

 

 

 そう言いながらエリカは、レオの病室の扉の前に立ち、みんなを安心させるように笑った。その笑みが、自分たちによけいな心配を与えないようにしているんだと気づいたのは、達也と深雪だけだった。




エリカに殴られたい人、いそうだな……自分は嫌ですけど……

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