劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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接触まで漸く来ました


吸血鬼VSレオ

 急激に膨れ上がった闘争の気配に、レオは足を速めるではなく立ち止った。危険な真似はするつもりは無いと、寿和に語った言葉は空手形ではないし、友人からも釘を刺されているのだ。

 ここから先は好奇心で踏み込める領域ではないということを、レオは本能的に覚っていた。

 

「(俺の出番はこれまでだな。警部さんに知らせて、あとはそっちに任せるとするか)」

 

 

 ポケットから通信ユニットを取り出し、寿和に教えられたアドレスへ短いメールを送信する。内容は「吸血鬼はここにいる」だ。

 位置情報公開で送信したから、寿和がすぐに気づけば猟奇殺人事件の容疑者を捕捉できるだろう。これ以上巻き込まれる前に撤退すべくレオは踵を返して――その先のベンチに横たわる人影に気づいた。

 

「おい、大丈夫か」

 

 

 恐る恐る手を伸ばし、首筋に手を当てる。

 

「生きてる」

 

 

 微かに、弱々しい鼓動が指先に伝わってきて、レオは慌てて通信端末を取りだし救急車を呼ぼうとして――反射的に振り返し端末を持った手を顔の前に掲げた。

 通信ユニットが砕け散り、相手の得物が伸縮警棒だということは後ろに跳び退ってから分かった。

 

「(またこの音か……)」

 

 

 虫の羽音のようなノイズがレオの意識の奥底で生じる。相変わらず意味は分からないが、この「声」が退却を促す仲間への警告のような気がしていた。

 

「やべっ!」

 

 

 ノイズに気を取られていたのを相手に覚られ、自己加速魔法を使って自分との距離を詰めてきた相手を見て、レオは防御に魔法を使う時間は無いと一瞬で判断した。自分を横殴りにしようとしている警棒を、レオは左腕で受けた。何かが潰れる鈍い音。

 

「痛ぇじゃねえか!」

 

 

 折れ曲がった警棒に、覆面の向こう側から動揺が漏れた。その隙にレオはボディアッパーを怪人の胸に叩きこむ。だが殴った感触は硬かった。

 

「コートの下はカーボンアーマーか? ご大層なこった」

 

 

 怪人と殴り合い、攻め合いの中で、レオはいくつか気がついた事があった。一つは怪人が使う拳法が中国発祥のものである事。そしてもう一つは――

 

「(この拳、女か?)」

 

 

 考え事をしながら、レオは怪人に右の拳を叩きこむべく身体を動かす。だが怪人にその手を掴まれた瞬間、急激な脱力感がレオを襲った。

 

「な、なにっ!?」

 

 

 身体が言う事を聞かない事に驚き、レオの動きが一瞬鈍くなる。怪人がその隙にレオの胸、心臓目掛けて拳を突き出す。

 レオは気力を爆発させて右のパンチを再始動させ、何とか怪人の膻中に突き刺した。

 

「(決定打にはなってねぇ……だが、もう抵抗する気力が……)」

 

 

 意識を手放して無いのは称賛に値するだろうが、これ以上抵抗する事は彼にも難しかった。レオは本能で意識を手放したら殺されると理解していた。

 

「(何処を見てやがる……)」

 

 

 自分を見ずに、何処か別の場所を見ている怪人に、レオは疑問を覚えその視線の先を追った。

 

「(また女か……)」

 

 

 霞んでいく意識の中で、レオは怪人を追いかける鬼のような女性を見た――ような気がしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千葉エリカの朝は早い。まだ日が昇る前から鍛錬に汗を流す事を日課としている。十歳の頃までは父親に逆らえず言われるがままに。

 自分が何なのかを思い知らされた十四歳のあの時までは誰よりも千葉の剣士らしくあろうとして。

 去年の三月までは惰性で。でも去年の四月、彼と出会ってからは自ら望んで、自分の意思で、強くなりたくて。

 

「(アタシなんかじゃ追いつけないかもしれないけどね)」

 

 

 一人の同級生の顔を思い出しながら、エリカは凍りつくような冷水で顔を洗って意識を覚醒させた。

 

「さて、着替えて走りに……?」

 

 

 クローゼットの前に立ってトレーニングウェアに着替えようとしたエリカの視界に、メールの着信ランプが点灯している携帯端末が映った。

 

「昨日の夜は無かったわよね……てことは、これは夜遅く、アタシが寝た後に送られてきたって事。よほど重要な事か、それともくだらない友達のメールか」

 

 

 エリカはそのメールを後回しにする事はせずに、すぐさま開いた。そして、その内容を読んでギリギリと音を立てそうな勢いで歯軋りをしながら呟いた。

 

「あのバカ兄貴……バカに何やらせてるのよ……」

 

 

 パジャマを乱暴に脱ぎ棄て、アンダーウェアを取りかえる。エリカはクローゼットの中から、トレーニングウェアの代わりにセーターとスカートを取りだした。

 

「達也君にも知らせないと……もう知ってるかもしれないけど」

 

 

 エリカは『バカ兄貴』から送られてきたテキストメールをそのまま達也に転送したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也にその凶報が届いたのは、学校に出ようと準備を終えたそのタイミングだった。

 

「お兄様、良くない報せなのですか?」

 

 

 普段使われる事の無いテキストメールが送られてきた時点で、その事は何となく分かっていた深雪だったが、兄の表情が何となく鋭くなったように感じて訊ねた。

 

「レオが吸血鬼に襲われたらしい。その事でエリカは学校を休むと」

 

「西城君が? それで何故エリカが学校を休むのです?」

 

 

 まさか恋仲なのか? と一瞬深雪は勘ぐったが、すぐに兄がその考えを否定してくれた。

 

「エリカのお兄さん――千葉寿和にレオは捜査協力していた。だが本格的な協力ではなく、何か不審な点を見つけたら報告してくれ、という曖昧なものだったんだが、レオは妙に好奇心が強いからな。気になって調べてたんだろう。エリカが看病するのは、その兄が原因で多少なりとも罪悪感を覚えたからだろ」

 

「それで、西城君は今?」

 

「中野の警察病院で治療を受けている。不幸中の幸いで命に別条は無いらしい。見舞うのは放課後で良いだろう」

 

「――はい」

 

 

 レオと深雪は、達也を介した知り合いでしかない。その達也が見舞いに行くのが放課後で良いと言うなら、深雪がそれを反対する必要は無い。例え心の中で如何思おうと、深雪が達也の言う事に背く事は無いのだから。




これでもかなり善戦した方なんですよね……

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