劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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リーナは仕方ないのか? 学生の前に総隊長だし……


ファッションセンス

 アンジェリーナ・シリウス少佐に与えられた任務は潜入捜査でありながら陽動の側面を強く持っている。その一環としてターゲットの容姿を確認すると当時に、自分の姿を相手に見せる為のファーストコンタクトは如何やら上手く行ったようだ。気配を隠して接近したのでは気づかれないのではないかと懸念したのだが、部下の言うとおり杞憂に終わった。

 ただ、簡単に気づかれてしまった事については、それはそれで釈然としないものがある、と考えながらシリウス少佐は今回の任務で生活拠点となるマンションのドアを開けた。

 

「お帰りなさい」

 

「シルヴィ、帰ってたんですか」

 

 

 同居人はまだ部屋に戻ってきていないだろう、というシリウス少佐の予想に反して、部屋の中から彼女を出迎える声があった。わざわざ玄関までやってきた年上の同居人に、少佐は愛称で呼びかける。

 同居人の名前はシルヴィア・ファースト。シルヴィア以外はコードネームで、スターズ惑星級魔法師「マーキュリー」の第一順位を表している。階級は准尉。年齢は二十九歳。まだ若いながらも「ファースト」のコードを与えられている事から分かるように、能力を高く評価されている女性准士官である。

 シルヴィアは元々は軍人志望ではなく、大学ではジャーナリズムを専攻していた。今回はその情報分析技能を買われてシリウス少佐の補佐役に抜擢されたのだった。

 

「シルヴィ?」

 

 

 その有能なはずの同居人がシリウス少佐の言葉に応えを返さず、まじまじと彼女の事を見ている。不審に思った少佐が改めて声を掛けると、シルヴィアは凝視する視線はそのままで漸く声を発した。

 

「リーナ……なんです、その格好は」

 

 

 リーナというのはシリウス少佐の私的な愛称。潜入任務に当たり正体を隠す為に愛称で呼ぶようにリーナが命じたのだ。シルヴィアも元々が自由人気質の女性だった為、階級差と立場の差に拘わらずすぐフランクな口調に馴染んだ。今も一応敬語ながら上官に対するものとしては余り相応しくない言葉遣いだったが、リーナの方も全く気にした様子が無かった。

 

「あっ、これですか? 不必要に目立たないように、過去一世紀の日本のファッショングラビアを色々調べてみたんです。結構苦労しました。似合ってますか?」

 

「……質問に答える前に、一つ訊きたいんですが」

 

「はい、何でしょう」

 

「そのブーツ、歩き難くはないですか」

 

 

 シルヴィアが訊ねると、リーナは我が意を得たりとばかりに頷いた。その後シルヴィアに「流行遅れ(アウト・オブ・ファッション)」だと指摘され、午後の予定を全てキャンセルさせられて、日本における最近のファッション動向に関する講義を受けさせられる破目になったのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 短いながらも色々な事があった冬休みも終わり、今日から三学期。その「色々な事」の中には、空港へ雫の見送りに行って、思いがけない「涙の別れ」に巻き込まれ途方に暮れたというとてもハードな体験もあったが、実は達也にも雫は泣きながら抱きついたので、全くの他人事では無かったのだ。

 新学期になり、雫の代わりにA組には今日から留学生が来るはずなのだ。とりあえずは達也には他人事だったが、深雪と同じクラスになる以上、全く無関係とは行かないだろうがと考えていた。もちろん、自分の方からかかわる意思も無い。

 授業の方は、三学期の初日からいきなりフルタイムのカリキュラム。その一時限目の終わりにA組の留学生は早くも噂になっていたが、達也は積極的にアンテナを張るでもなく耳に飛び込んで来る噂話を右から左に聞き流した。

 しかしそういう超然としてスタンスはやはり少数派で、二時限目の後の休み時間には、物見高い友人によって彼も噂話の渦の中に巻き込まれていた。

 

「何かすっごい美少女なんだって」

 

 

 興奮気味に、あるいは興奮したふりでしきりに話しかけてくるエリカを、達也はとうとうあしらいきれなくなった。実際はエリカが達也に構ってほしかったのでひたすら話しかけ、達也が根負けしたのだが……

 

「キレーな金髪でさ、上級生まで見に来てるらしいよ」

 

「エリカは見に行かないのか」

 

 

 取り敢えず、これだけ熱心に語っているのにも関わらず全てが伝聞形、というのが気になったのでとりあえず訊ねてみる。

 

「あんな人だかりに入って行けないって」

 

「オメ―でも遠慮ってモンを知ってたんだな」

 

 

 まぜ返すと同時に、レオは頭を守る体制をとったが、エリカが攻撃したのは喉元。音程を外したカエルのような声を発してレオは前のめりに倒れた。

 

「アタシは女だからね~。いくら美少女って言われても、押し合い圧し合いの窮屈な思いをしてまで見に行きたいとも思わないのよね」

 

「エリカも十分美少女だしな」

 

 

 達也の何気ない言葉に、エリカが絶句する。

 

「何でも大学の方にも何人か来てるらしくて、この間の横浜の件で飛行魔法の軍事的有用性が飛び切りものだって分かって探りを入れに来たらしいんじゃないかって噂があるってさ」

 

 

 絶句しているエリカを無視して、幾何準備室から戻ってきた幹比古が会話を引き継いだ。

 

「じゃあA組の留学生もスパイだって事か?」

 

「あんたねぇ……」

 

 

 悶絶から復活したレオの身も蓋も無い問い掛けに、同じく絶句から復帰したエリカが呆れ、幹比古と美月もそれに倣った。

 

「レオ君、そう言う事は思っても言わない方が良いのでは……」

 

「僕たちも同級生として付き合って行かなければいけないんだから……」

 

「いや、付き合うって、そいつA組だろ? 接点無いんじゃねーの?」

 

「バカね。A組には深雪がいるじゃないの。何年ぶりになるか分からない留学生と生徒会副会長よ。留学生が学校に慣れるまでどういう形にせよ深雪が面倒見なきゃいけなくなるでしょうし、深雪と関わり合いが出来ればアタシたちも無関係じゃ済まないわよ」

 

 

 エリカの言葉に、積極的に関わりたくないと考えている達也も、内心で「そうだろうなぁ」とため息を吐いたのだった。




目立ち過ぎるのも問題だ……

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