劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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土砂降りは勘弁してほしかった……


送別会

 送別会、と言っても春になれば再会出来る分かっている旅立ち、しかも自分たちには普通認められない海外留学ともなれば、寂しさより興味が勝るのも仕方の無い事かもしれない。

 

「ねっ、留学先はアメリカの何処?」

 

「バークレー」

 

「ボストンじゃないのね」

 

 

 エリカの質問に対する雫の答えは愛想の無い地名の一単語だったが、これは雫が不愉快に感じているからではなく彼女の個性だ。それが分かっているから深雪も雫の答えにのみ興味が向いたのだ。

 

「東海岸は雰囲気が良くないらしくて」

 

「ああ、『人間主義者』が騒いでるんだっけ。最近そういうニュースを良く見るよね」

 

「魔女狩りの次は『魔法師狩り』かよ。歴史は繰り返すって言うけど、馬鹿げた話だよな」

 

 

 雫の答えに幹比古が同調し、レオが冷めた声で吐き捨てた。

 

「全くの繰り返しってわけでも無いんじゃないか。十七世紀の魔女狩りの背景になにがあったのかは分からないが、ここ最近の『魔法師狩り』は新白人主義と根が同じみたいだからな。だがまぁ確かに、東海岸は避けた方がいいかもしれない」

 

 

 レオの発言に、達也が宥めるような口調でフォローを入れる。とは言っても達也のセリフは「魔女狩り」を弁護するものでは無かったが。

 

「それは存じませんでした」

 

 

 兄のセリフに合いの手を入れながら、深雪が眼差しで解説を求める。その隣ではほのかと雫も同じような眼差しを達也に向けていた。

 

「活動団体のメンバーリストを眺めると結構高い確率で同じ名前が見つかるからね。メンバーのリスト自体、表で出回ってる物じゃないから知らなくても無理はないよ」

 

「達也君の話の方がよっぽど犯罪くさいんですけど……暗い話はヤメヤメ」

 

 

 わざとおどけて首を振ったエリカに、達也は苦笑いを浮かべて頷いた。

 

「代わりに来る子の事は分かっているの?」

 

 

 雰囲気を変える責任を感じたのか、深雪の話題転換は少し唐突なものだった。

 

「代わり?」

 

「交換留学なのよね?」

 

 

 案の定、一度ではピンと来なかったようだが、深雪に重ねて尋ねられ、雫は納得した表情を浮かべた。相変わらず、分かりにくい表情の変化だったが。

 

「同い年の女の子らしいよ」

 

「それ以上の事は分からないか」

 

「うん」

 

 

 それだけ? という顔が並ぶ中で、達也が笑いながら訊ねると、雫は当然とばかり頷いた。自分の代わりがどんな子なのか、それを教えてくれる相手がいないのだ。

 雫の表情を見て、この話題はこれ以上盛り上がらないと判断したのか、エリカたちは別の話題で盛り上がり始める。

 

「達也さん」

 

「なんだ?」

 

「ありがとう」

 

 

 雫が言いたい事を達也が違う形でみんなに伝えてくれたお礼なのだが、達也は一瞬なんのお礼か分からずに固まった。まぁ、彼が一瞬以上固まる事は無いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日送別会を開いている事からして既に分かっている事だが、ここに集まっている十人が十人とも、他にクリスマスイブの予定が無い。雫やエリカや幹比古に家の方で予定が無いというのは意外な気がするが、北山家も千葉家も吉田家も大人向けのパーティーが催されていて、高校一年生の子供が出る幕は無かったのだ。

 達也も真由美や摩利から誘われていたのだが、先にこっちの予定が入っていたので断ったのだ。

 

「何時までも粘ってるとマスターに悪いし」

 

 

 無邪気を装った邪気だらけのセリフでマスターを沈没させて、十人は家路についた。ほのかが雫と同じキャビネットに乗ったのは、雫の家に泊まるからだろう。魔法科高校では珍しくもない話だが、ほのかも両親と縁が薄いようだ。

 エリカ、レオ、美月、幹比古、エイミィ、スバルは一人ずつ別の車両に乗り込んだ。四人は兎も角、幹比古と美月は何かハプニングを期待しているようすだったが……

 そして達也と深雪はハプニングなど起こるはずもなく、二人乗りのキャビネットに仲良く隣り合わせで家に帰った。キャビネットの中は建前上プライバシー空間、とは言うものの「壁に耳あり」という諺を達也は忘れた事は無い。込み入った話をする時は何時も固有名詞をぼかしている。それは深雪も弁えており、何かを言いたげな雰囲気を漂わせながら、実際に話題を振ってきてのは自宅の敷居をまたいで居間に落ち着いた後だった。

 

「今回の雫の留学、私にはどうにも奇妙な話に思えるのですが」

 

「奇妙……そうだね」

 

 

 二人分のコーヒーを用意し、ソファに腰を下ろしてから話を切り出してきた深雪に、達也はコーヒーを啜り、無言で先を促された深雪は、躊躇いがちに自分が思う疑問点を並べた。

 

「まず雫ほどの魔法資質を持ちながら留学を認められた、という点が不自然です。先ほどまでは魔法を学ぶ者としての留学ではなく、大企業家の娘としての留学かと納得しておりましたが、それならば代わりに留学してくる相手の事を知らないというのはおかしな話です。考えてみればこの時期にいきなり留学の話が持ち上がるというのも、裏があるような気がしてなりません。何だかまるで……」

 

「俺たちに探りを入れる為の裏工作の様な気がする? 叔母上によれば、俺たちは容疑者らしいからね。マテリアル・バースト。やはり放ってはおけないのだろうな」

 

 

 達也が微かに笑って他人事の様な口調で呟く。自分が言い淀んだセリフがそっくり兄の口から語られるのを聞いて、深雪は目を丸くすると共に、何処か安堵したような笑みを浮かべた。

 

「そうですか……お兄様もそうお考えなのですね?」

 

「留学生が来るという事だけなら兎も角、叔母上の忠告も合わせて考えれば偶然と考えるのは能天気過ぎるだろう」

 

「ではやはり、スターズが……?」

 

「こうなると少佐たちとの接触を禁じられているのが痛いな」

 

「叔母上にお訊ねしても……教えては下さらないでしょうね」

 

「そもそも留学の話が実現しようとしている時点で、叔母上がこの件を黙認しているのは明白だよ」

 

 

 四葉は現十師族で七草と主導的地位を争う地位にある。優秀な魔法師資質を持つ魔法科高校生の留学というイレギュラーな事態を知らないはずがない。加えて、真夜には海外に魔法師を赴かせる事に強い反感を持っているはずだと、達也は考えている。自分がそうであったように、何時、なにが起きるか分からないのだから、と。

 

「ただ逆を言えば、俺たちのデメリットになるばかりの話ではない、と言う事だと思う。探りを入れに来るだけの相手を、叔母上が見逃すはずもない。多分アメリカでも何かトラブルが起こってるんだろう。叔母上は俺たちにその尻尾を掴め、と言いたいんじゃないかな」

 

「まだそうと決まったわけではありませんし……先走り過ぎて良い事は無いかと」

 

「そうだな、深雪。お前の言うとおりだ」

 

 

 口ではそう言いながらも、慰めた方も慰められた方も、それが気休めでしかない事を確信していた。




300話が見えてきましたね

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