劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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物騒なタイトルだと思いますが……


人としての死

 沖合いに水柱が立った。敵の艦砲射撃の試し撃ち。最早達也も、風間も、真田も何も言わない。敵の正確なポジションはバイザーに表示されている。風向も、風速も、射撃に影響を与える諸元が数字の羅列で示されている。

 達也は武装デバイスを構えた。弾道射撃――距離を最優先とした命中は偶然に頼った射撃の構え。銃弾の飛行時間と落下時間を考慮すれば、相手は既に射程内だ。

 達也は仮想領域魔法を発動し、続けて四回、引き金を引いた。四回の射撃はその都度、わずかに銃口を動かして、風の影響による照準誤差を補うように撃っている。

 もっとも最初から照準など有って無いような弾道射撃。どんなに偶然が味方しても、せいぜい敵艦の側に落ちるくらいだろう。そして、最初からそれで構わないのだ。

 達也は四発の銃弾の動きを頭の中で追う。正確には、意識領域、無意識領域を通して、情報の次元に視える銃弾の情報を追いかける。彼自身の手で、彼だけの魔法で、分解し再構成した銃弾。その構造情報はどれだけ離れていても見失う事は無い。達也は四発の銃弾の内一発が、敵艦隊の中央に落下して行く「情報」を捉えた。

 達也は銃弾の行方を追うだけで精一杯だった。風間と真田は、何らかの大規模な魔法を行おうとしている達也の邪魔をしないように距離を取っていた。

 だから当然予想された、そして予想していたその状態に、二人の魔法を以て対処する以外の選択肢は無かった。敵は既に試射を済ませている。ならば次に来るのは弾道を修正した砲撃だ。達也の射撃より低い弾道で撃ち込まれた爆弾は、達也の銃弾が届くより早く、彼らに襲い掛かった。

 古式魔法の術者である風間は、対物干渉力がそれほど高くない、むしろ低い。本質が魔法師ではなく魔工師である真田は、対物干渉力自体は高くてもスピード面で追いつかない。このままでは達也が敵艦隊を撃破する前に、こちらが限界に達してしまう。

 

「援護します!」

 

 

 雨と降り注ぐ爆弾の中に、バイクで割り込んできた人影があった。敵艦隊を殲滅する魔法に精神を集中していた達也は、その声を聞いて心の片隅で驚き、安堵していた。

 驚きは、穂波が母親の側を離れた事に対して。安堵は、彼女の庇護の下で自分の術式に専念出来る事に対して。

 調整体魔法師「桜」シリーズ。その特徴は強力な対物・耐熱防御魔法。

 伝え聞く十文字家の「ファランクス」の様な、高度にテクニカルな魔法は使えないが、一つ一つの対物・耐熱魔法の単純な防御力は国内魔法師中トップクラス。桜井穂波はその中でも頭一つ飛び向けた性能を少女の頃から発揮していた。それ故に、唯一人の精神構造干渉魔法の使い手である、貴重な魔法師の護衛役として選ばれたのだ。

 直撃コースの砲弾が海の上に叩き落とされた。陸に届く砲弾は無かった。運動量を相殺する魔法が数百メートル先で次々に発動しているのだ。その様子を肉眼で見ながら、達也は銃弾が敵艦隊のすぐ上空に到達したのを心眼で識った。達也は右手を突き出し、西を指差し、その掌を力強く開いた。

 

 銃弾が、エネルギーに分解された。

 

 質量分解魔法「マテリアル・バースト」が初めて実戦に用いられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水平線の向こうに閃光が生じた。空を覆う雲が白く光を反射する。日没時間には程遠いのに、西の水平線が眩く輝いた。爆音が轟いた。遠雷と聞き間違える者はこの場にはいない。誘爆する間もなく、全ての燃料と爆薬が一斉に爆ぜた音だ。砲撃が途絶え、不気味な鳴動が伝わる。

 

「津波だ! 退避!」

 

 

 風間が叫び、いきなり力無く崩れ落ちた穂波を慌てて抱きかかえ走り出した。バイクに跨った真田が、飛ぶように駆ける風間の隣に並ぶ。タンデムシートには達也が跨っていた。

 風間は穂波を抱えたままジャンプし、曲芸じみた身のこなしでハンドルの上に立つ。軍用バイクはその大馬力にものを言わせて、明らかに定員オーバーの重量を乗せながら力強く疾走した。

 水平線の向こう側に生じた嵐が収まり、波が引いていくのを脇目に、達也は高台の地面に膝をついていた。彼の前には、力無く横たわる穂波の姿。

 

「……いいのよ、達也君。これは、寿命なんだから」

 

 

 無力感に苛まれ救えぬ命を前に、失っていたはずの感情に苦しむ達也を見て、穂波は力なく、濁りの無い微笑みを向けていた。

 

「達也君の所為じゃないわ。私たち調整体は、何時寿命が尽きてもおかしくないの」

 

 

 それは違う、と達也は言いたかった。確かに調整体魔法師の寿命は一般人に比べて不安定だが、彼女が衰弱しているのは明らかに、短時間で大きな魔法を連続行使した負荷によるものだ。いくら「桜」シリーズといえど、艦砲連続斉射を防ぎきるのは負担が大きすぎたのだ。

 しかし、達也がそれを口にする事を、穂波は望んでいない。達也はそう思って歯を食いしばった。

 

「本当に、達也君の所為じゃないの。私は生まれる前から盾となる役目を負わされて、今日その役目を果たし終えたの。それを私は、誰かに命じられてじゃなく、自分の意思で果たしたのよ」

 

 

 達也は「再成」を行使しようとして、すぐに無駄だと覚った。物質の時間を巻き戻す事は出来ても、命の時計を逆回転させる事は、彼の力では不可能だった。

 

「止めてちょうだい?」

 

 

 それを勘違いしたのか、穂波は甘えるような声と微笑みで達也にそう囁いた。

 

「今まで生き方を選ぶ自由なんて一つも無かった私が、自分の死に場所を、自分で選ぶ事が出来た。こんなチャンスを逃す気は無いわ。私は人に作られた道具としてじゃなく、人間として死ぬ事が出来るの」

 

 

 彼女が心の中にこんな暗闇を抱えていたなどと、達也は夢想だにしなかった。だが自分でも意外なほど、驚きは無かった。

 

「ねぇ、最後にキスして」

 

 

 穂波の願いに頷き、達也は彼女の唇に自分の唇を重ねる。その行為に満足したのか、穂波は安心した顔で瞼を閉じ、そのまま呼吸が止まった。

 傍らに立つ真田が経文を唱えている。達也の肩に風間の手が置かれた。肩に手を乗せたまま、達也は立ちあがった。彼の目から涙は零れない。

 達也の心から、不思議なくらい哀しいという感情が消えていた。桜井穂波の「遺言」を聞いて、彼は哀しむ必要は無いと納得していた。――哀しみを納得で消す事が出来る、それが異常なのだと、この時の達也には分からなかった。




死に際の告白、そしてキス……何だかくだらない恋愛小説みたいになってしまった……

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