劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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そんな知識は持ち合わせてないぞ、普通……


風間との対面

 文弥と亜夜子と深雪が話しているのを見ていた達也が、急に視線を扉に向けた。達也が視線を向けたタイミングで「謁見室」の扉がノックされた。深雪が返事をすると「失礼します」という「女中さん」の声が返ってきた。その「女中さん」の顔が若干赤いのは、まぁ達也の所為なのだが誰もその事を指摘する事は無かった。

 その女中さんが身体を横にずらし、背後にいたスーツ姿の男性が視界に映って、深雪は小さく声を漏らした。文弥と亜夜子はその男性に見覚えは無かったのだが、深雪は少なからず面識があったのだ。

 

「久しいな、達也。先週会ったばかりだが」

 

「少佐、叔母上に呼ばれたのですか?」

 

 

 矛盾した挨拶にツッコむ事はせず、達也は現れた風間玄信に確認をした。

 

「そうだ。貴官が同席するとは聞いていなかったのだが」

 

「叔母上の悪戯でしょう。あの人はそういう人です」

 

 

 苦笑いを浮かべながら達也は罪悪感を覚えている深雪の代わりに答える。

 

「それじゃあ達也兄さま、僕たちはこれで」

 

「失礼しますわ」

 

 

 風間の存在を気にしてか、黒羽の姉弟が謁見室から退室していく。その姿に達也は改めて苦笑いを浮かべたのだった。

 

「まぁ貴官が同席してても私は構わないがな」

 

 

 その言葉に達也は小さく頷いて返事をした。その横では、深雪が風間と初めて会った時の事を思い出しているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クルージングは途中で中止になり、私は今自室のベッドに横たわっている。身体は休めても頭は休めそうに無かったけど……その原因は先ほど見た兄の魔法だ。あの人はCADを使わずに対象物の構造情報を直接改変する分解魔法を使ったのだ。構造情報に対する直接干渉は魔法としても最高難度にランクされているものなのに、それをあの人はいとも簡単に使って見せたのだ。

 

「(分からない……知らない……家族なのに、兄妹なのに、私は何も理解していない。理解していないと言う事さえ、私は今日まで知らなかった)」

 

 

 兄の事で頭を悩ませていたら、扉をノックされて現実に思考を呼び戻された。

 

『お休みのところすみません。防衛軍の方がお話を伺いたい、とのことですが……』

 

「私に、ですか?」

 

 

 桜井さんの躊躇いがちな声に、私はドアを開けると同時に問い返す。だって防衛軍の人が私に聞きたい話なんて想像もつかないのだもの……

 

「えぇ……私と達也君で訊きたい事には答えると言ったんですけど……」

 

「分かりました。リビングですか?」

 

 

 桜井さんが凄く申し訳なさそうな顔をしているけども、別に彼女が悪い訳じゃない。私はそう思い桜井さんにそう返事をして、着替えてからすぐに行く旨を告げた。

 着替えてからリビングに降りると、事情聴取に来た軍人さんが私にも自己紹介をした。その軍人さんは風間玄信大尉と名乗り、早速本題に入ったのだった。

 

「……では、潜水艦を発見したのは偶然だったんですね?」

 

「発見したのは副長さんですから。どのような経緯で発見に至ったかはあちらに訊いてください」

 

「何か、船籍の特定につながるような特徴に気が付きませんでしたか」

 

「相手は潜航中だったんですよ。船籍の特定なんて素人には無理です。例え浮上していたとしても潜水艦の特徴なんて分かりません」

 

 

 質疑応答は大尉さんと桜井さんの間で行われていた。お母様は桜井さんに全て任せているご様子だったし、私はあの時冷静さを失っていて口を挟みたくてもお話出来る事は無かった。

 

「魚雷を撃たれたそうですね? 攻撃された原因に何か心当たりは?」

 

「そんなものありません!」

 

 

 桜井さんはかなりイラついているようだ。彼女は最初から国防軍の対応に不満を持っていたし、今の「何か余計な事でもしたんだろう」と言わんばかりの質問には私も少しカチンと来たから、桜井さんが怒りを覚えても無理は無いだろう。

 

「――君は何か気がつかなかったか」

 

 

 桜井さんに睨まれた大尉さんは、兄に問いを向けた。それは別に深い意味は無かったのだろう。刺々しくなった雰囲気を和らげる為に、目先を変えただけだったのだろう。

 

「目撃者を残さぬ為に、我々を拉致しようとしたのではないかと考えます」

 

「ほぅ、拉致?」

 

「クルーザーに発射された魚雷は発泡魚雷でした」

 

「ほぅ……」

 

 

 はっぽう魚雷? ……発泡魚雷、かしら? 泡を作り出す魚雷、という意味よね……?

 

「達也君、はっぽう魚雷ってなんですか?」

 

 

 私が首を傾げていると、桜井さんが代わりに兄に訊いてくれた。大尉さんに訊かなかったのは、彼女もまだ気持ちが治まって無かったからだろう。

 

「化学反応で大量の泡を長時間作り出す薬品を弾頭に仕込んだ魚雷です。泡で満たされた水域ではスクリューが役に立たなくなります。重心の高い帆船なら転覆する可能性も高い。そうして相手を足止めし、事故を装って乗組員を捕獲する事を目的とした兵器です」

 

「何故そう思う?」

 

「クルーザーの通信が妨害されていましたから。事故を偽装する為には通信妨害の併用が必須です」

 

「兵装を断定する根拠としては、些か弱いと思うが」

 

「無論、それだけで判断したわけではありません」

 

「他にも根拠があると?」

 

「はい」

 

「それは?」 

 

 

 大尉さんが興味深そうに兄に視線を向けた。だが兄の回答は私たちの想像を裏切る結果だった。

 

「回答を拒否します」

 

「………」

 

「根拠が必要ですか?」

 

「……いや、不要だ」

 

 

 兄に言いくるめられ、お母様にこれ以上は迷惑だと言外に言われた大尉さんは、私たちに一礼をして外へ出た。その見送りの為に私たちも外に出ると、そこには昨日絡んできた不良軍人がいた。

 

「なるほど……司波達也君と言ったね。ジョーを殴り倒したのは君だったのか。桧垣上等兵!」

 

「はっ!」

 

「部下が失礼をしたね」

 

「桧垣ジョゼフ上等兵であります! 昨日は大変失礼をいたしました」

 

「謝罪を受け入れます」

 

 

 実際に危ない目に遭ったのは私なのだけど……まぁ私にではなく兄に殴りかかったのだから仕方ないのだけれども。

 

「司波達也君。自分は現在恩納基地で空挺魔法師部隊の教官を兼務している。都合がついたら是非基地を訪ねてくれ。きっと興味を持ってもらえると思う」

 

 

 風間大尉はそう言い残して、兄の返事を待たずに車に乗り込んで去っていってしまった。大尉さんたちが乗った車が見えなくなると、桜井さんが兄に感謝の意味を込めて抱きついた。

 

「さすが達也君ですね。むかつく国防軍の人を言いくるめるなんて」

 

「大した事はしてません」

 

「ううん、私じゃあんな風に言いくるめなかったでしょうし」

 

 

 確かに兄は凄かったし、私でも出来なかったでしょうけども、桜井さんが兄に抱きついてるのを見ると、胸のあたりがもやもやするのは何故なんだろう? 私はその事を考えると余計もやもやすると分かっていたので、深く考える事はしなかった。




気づいたら270話突破してましたね……

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