劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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市民の脱出

 蝗の大群を消し去った達也は、その事を報告する為に通信を繋いだ。

 

「化成体による攻撃を撃退。ヘリの降下を援護します」

 

『護衛は他の者に任せ、特尉は術者を探索、これを排除せよ』

 

「了解」

 

 

 柳の指示を受け、達也は使い魔を作り出した術者を探し出すべく「眼」を凝らした。迎撃に当たり、達也は蝗の各個体を分解したのではない。彼の分解魔法が照準に定めたのは蝗の化成体を作り出していた魔法式。仮初の身体を構成していた術式を分解され蝗を象っていた化成体はサイオン粒子に還ったのだ。

 そのプロセスで彼は魔法式の出所を掴んでいる。この距離、この経過時間であれば飛行魔法を維持したままでもトレースは十分可能だ。

 

「(あそこか)」

 

 

 この位置からでも排除は可能だが、魔法は直接視認したほうが掛けやすい。達也は逃走する術者の頭上へと移動した。

 銀色の大型拳銃の形をしたCADを手にした黒尽くめの兵士は、流星の様な速度でビルの向こうへ飛んでいった。ライフルを構えた仲間が、空中で円陣を形成するその内側で、ヘリは広場へと着陸した。

 黒一色で顔も見えない飛行兵の姿は、ある種の禍々しさを醸し出しているが、ほのかも雫も、真由美も鈴音も、愛梨たち三高女子も不安には思わなかった。

 

「何者ですかね、彼らは」

 

「味方です」  

 

 

 稲垣が気味悪そうに訊ねて来ても真由美は微笑んでそう短く答えるのみだった。達也の仲間であり響子の仲間でもある国防軍の一部隊。それ以上のことは真由美も知らなかったが、それだけで十分だった。

 ヘリに市民が乗り込んでいる間も彼らは空中で警戒を続けている。もう十分以上跳び続けているのに消耗を感じさせない。全員がハイレベルな魔法師である事は確実だ。

 真由美はその部隊の事を噂で聞いたことがあった。国防軍が特定分野に突出しているクセの強い魔法師を集めて作った実験部隊。個々の魔法師のランクを見れば大したことが無いように思われるが、一度実戦に臨んだならば強大な打撃力を発揮する実戦魔法師集団、考えてみれば彼にぴったり合致する条件だと真由美は納得した。

 

「頼もしい援軍ですよ」

 

 

 搭乗の完了しつつあるヘリを見ながら真由美はそう付け加えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雫と稲垣を乗せたヘリが無事に飛び立ってから暫くしてから、再びヘリの到来を告げるローター音が聞こえてきた。

 

「漸く来たわね……」

 

 

 漸くという表現は完全に嘘偽りのない真由美の感想だっただろう。雫が手配したヘリより一回り大きい、しかもヘリは一機だけではなくもう一機、戦闘ヘリも随行していたのだ。

 

『真由美お嬢様、ご無事でいらっしゃいますか』

 

「問題ありません。名倉さんはどちらに?」

 

『私は戦闘ヘリの方に搭乗しております。お嬢様もこちらの機体で脱出するようにと旦那様より仰せつかっております』

 

「……分かりました」

 

 

 名倉との通信を終え、真由美は鈴音の方に振り返った。

 

「兎に角市民の収容を急ぎましょう」

 

「動くな!」  

 

 

 背後から鈴音の首に腕を巻きもう片方の手でナイフを突きつける若い男。ビルの上からライフルが向けられたが、別の男が一歩前に進み出て手榴弾を持った手を突き出す。

 

「なるほど、この為の布石だったのですか」

 

「頭の回転が速いな」

 

 

 ナイフを突きつけられているのに、鈴音の声は冷静だった。その落ち着いた様子に違和感を覚えながらも、避難の市民に偽装したゲリラは鈴音の言葉を首肯した。

 

「私を狙ったのはエネルギー供給の安定化の為ですか?」

 

「それだけではない。本作戦に先立ち、大勢の仲間が拘束されている。お前にはその解放の人質になってもらう」

 

「私一人では大した材料になりませんよ」

 

「そうでもあるまい。――動くなと言った!」

 

 

 後手にこっそりとCADを操作しようとした真由美を鋭く一瞥し、男がナイフを煌かせた。その隣では愛梨たちもCADを操作しようとしていたのだが、真由美を含め全員が諦めて両手を挙げた。

 

「お前が人質になれば、七草家が放ってはおかない。娘の友人を人質に取られる事の方が娘を人質に取られるより効果があるだろうからな」

 

「確かに。真由美さんは甘い人ですからね」

 

 

 何故自分が非難の目で見られなければならないのだろうと理不尽を覚えながら、真由美は手出し出来ずにいた。おそらくこういうところが「甘い」と言われるのだろうが、少なくとも人質に取られている本人に非難される事ではないのではないかと思っていた。

 

「その後は私を本国へ拉致する手筈ですか」

 

「そうだ」

 

「しかしそれでは人質交換にならないのではないのでは?」

 

「それは……お前、何をした?」

 

「作戦は悪くなかったのですが、ターゲットが良くありませんでした」

 

 

 鈴音は顔の前のナイフを手でスッと除け首に巻かれていた腕を簡単に解く。

 

「私はCADを使った魔法こそ平凡ですが、無媒体で行使する魔法なら真由美さんや十文字君より上なのですよ」

 

 

 手榴弾を持つ男の前に回り込んでその手からゆっくりと手榴弾を引き剥がす。

 

「随意筋を司る運動中枢を麻痺させました。貴方たちの身体は暫く自由に動きません。人体に直接干渉する魔法。かつては禁止されていた種類の魔法です。その性質上、人体実験が不可欠ですから禁止されていたのはその面からなのでしょうけど。難点は効力を表すまでに時間が掛かる事ですが、貴方がお喋りな方で助かりました。ああ、言っておきますが貴方が口を滑らせたのは魔法とは無関係ですよ。単に貴方が軽率だというだけのことです」

 

 

 そう言いながら鈴音は冷たい笑みを浮かべ、輸送ヘリに市民の搭乗を急がせた。そしてそれが完了すると、鈴音は真由美と別行動をとることになったのだ。

 

「それじゃあリンちゃん、頼んだわよ」

 

「真由美さんも余り無理をしないようにしてください」

 

 

 飛び立つヘリを追いかけ黒い兵士が空へ上がりその周囲を固める。ヘリが安全高度まで上昇したのを確認して、飛行兵は海岸の方へ飛び去った。

 

「私たちも行きましょう。深雪さんたちと摩利を拾ってここから脱出します」

 

「……承知いたしました」

 

 

 真由美の指示に何かを言いたそうな名倉だったが、結局は恭しく頷いて副操縦席へ戻った。真由美とほのか、そして愛梨たちを乗せて飛び立つ戦闘ヘリ。その途中で真由美はビルの屋上に立ち彼女たちを見送る一人の兵士に気付いた。その右手には銀色の特化型CAD。ほのかたちは逆サイドを見ていて気付いていない。真由美はヘリの中でその兵士に向かってこっそり「あっかんべぇ」と舌を出したのだった。その後でウインクもおまけで送ったのだが、彼に見えていたかは真由美自身も定かではなかったのだった。




リンちゃんは実は数字落ちだったと……

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