劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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タイトル考える気無し……


特務士官兵

 一瞬で塵となって消えるトラック。消えてしまった運転席から放り出され地面を転がって壁面に激突するドライバー。慣性に従い会議場の壁面を叩いた金属と樹脂の粉だけが、大型輸送機械の存在した名残だ。壁の外側に細かい傷をつけただけで、壁の内側には何のダメージも無い。

 だが今何が起こったか、誰も気付かなかったで済む程に世の中は甘くなかった。

 

「……今の、なに?」

 

 

 恐る恐る訊いてきた真由美に、達也は舌打ちしたい気分だった。懸念した通り真由美は今の光景を見ていたらしい。達也の視線をたどり、知覚系魔法「マルチ・スコープ」で壁の向こう側を覗いたのだろう。

 だが幸いな事に――と言っても問題の先送りにしかならないのだが――その質問に答える必要は無かった。視界を拡張したままにしてた真由美が、新たなビジョンに蒼褪めた。こちらに向かって飛来する小型ミサイルの群れ。やはり視野を拡大したままにしていた達也もそれを把握していた。

 どうやらこの会場に残ってる自分たちは侵攻側から危険兵力と認識されてしまったらしいと達也は思っていた。意識の一部で他人事のように冷静な思考を展開している傍らで、意識の別の部分では降り注ぐ携行ミサイルの雨を迎撃する魔法を編み上げていた。

 しかし今回は達也が手を出す必要は無かった。彼らがいる部屋に面した外壁に幾重にも重なった魔法の防壁が形成され、ミサイルはその壁に着弾する前に横合いから打ち込まれたソニック・ブームにより悉く空中で爆発した。

 

「お待たせ」

 

 

 急に外から掛けられた声に、達也と真由美はそれぞれの視点を肉眼に戻した。タイミングを計っていたかのように控え室に入って来た一人の女性。

 

「えっ? えっ? もしかして、響子さん?」

 

「お久しぶりね、真由美さん」

 

 

 唐突に姿を見せた響子は、旧知の真由美に向かって笑顔で挨拶をし、達也に視線を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 響子は一人ではなかった。野戦用の軍服を纏った彼女の後ろから、同じく国防陸軍の軍服に身を固め少佐の階級章をつけた壮年の男性が入ってくる。その少佐は困惑して立ちすくむ達也の前に手を後ろに組んで立った。

 

「特尉、情報統制は一時的に解除されています」

 

 

 その隣に立って、響子が達也へそう言葉を掛ける。達也の顔から困惑が消え、姿勢を正して目の前の男に敬礼で応じた。

 その姿を深雪以外の全員が――真田に引き連れられて丁度部屋に入ってきた克人も含め――驚きを隠せず見詰めている。

 達也の敬礼に敬礼で答えた軍人は、克人の姿を目に留めてそちらへ足を向けた。

 

「国防陸軍少佐、風間玄信です。訳あって所属についてはご勘弁願いたい」

 

 

 所属については、真田が克人に明かした後だったのだが、風間はむしろ真由美やエリカ、愛梨たちの耳を意識していたのだ。

 

「貴官があの風間少佐でいらっしゃいましたか。師族会議十文字家代表代理、十文字克人です」

 

 

 風間の自己紹介に対して、克人も魔法師の世界における公的な肩書きを名乗った。彼も十八歳の高校生なので、年上、目上の相手には敬語を使うのだ。

 風間は小さく一礼して、克人と達也が同時に視界に入るように身体の向きを変えた。

 

「藤林、現在の状況をご説明して差し上げろ」

 

「はい。我が軍は現在、保土ヶ谷駐留部隊が侵攻軍と交戦中。また、鶴見と藤沢より各一個大隊が当地に急行中。魔法協会関東支部も独自に義勇軍を編成し、自衛行動に入っています」

 

「ご苦労。さて、特尉」

 

 

 短く響子を労った後、風間は「特尉」という呼称と共に顔を達也へと向けた。

 

「現下の特殊な状況を鑑み、別任務で保土ヶ谷に出動中だった我が隊も防衛に加わるよう、先ほど命令が下った。国防軍特務規則に基づき、貴官にも出動を命じる」

 

 

 真由美と摩利が揃って口を開きかけたが、風間は視線一つで彼女たちの口を封じた。

 

「国防軍は皆さんに対し、特尉の地位について守秘義務を要求する。本件は国家機密保護法に基づく措置である事を理解されたい」

 

 

 厳しい単語、重々しい口調よりも、その視線の力で真由美も摩利も花音も愛梨も抵抗を断念した。

 

「特尉、君の考案したムーバル・スーツをトレーラーに準備してあります。急ぎましょう」

 

 

 真田の声に頷き、達也は友人たちへ振り向いた。

 

「すまない、聞いての通りだ。みんなは先輩たちと一緒に避難してくれ」

 

「特尉、皆さんは私と私の隊がお供します」

 

 

 少人数とはいえこの状況下で仲間たちの為に精鋭を割いてくれるという彼女の、そして少佐の精一杯の厚意に達也は素直に感謝した。

 

「少尉、よろしくお願いします」

 

「了解です。特尉も頑張ってくださいね」

 

 

 藤林に一礼し、達也は風間の後に続いた。空気を読んだのか呆気にとられたのか、達也を呼び止める者はいない。上級生にも同級生の友達にも。

 

「お兄様、お待ちください」

 

 

 その背中に深雪が思いつめた顔で呼び止めた。目で問い掛ける達也に風間は頷きを返して先行した。

 深雪は達也の立場も責務も本人と同じくらい良く知っている。彼女が最も恐れているのは達也の足手纏いになる事だ。

 今から深雪が為そうとしている事に、彼女は権限を持たない。だが深雪は、独断で、自分の全責任においてそれを為そうと決心していた。

 深雪の瞳に決意を見て、達也は彼女の前に片膝をつく。深雪はその頬に手を添え瞼を閉ざした兄の顔を上へ、自分の方へと向ける。

 深雪はそのまま腰を屈め、兄の額に接吻る。妹の唇が離れ、頬に添えられていた手が離れ、再び達也は頭を垂れる。

 眼を灼く程に激しい光の粒子が達也の身体から沸き立った。

 

「ご存分に」

 

「征ってくる」

 

 

 万感をこめた妹の眼差しに見送られ、達也は戦場となった横浜の街へ出陣した。

 達也がいなくなった事で、真由美と愛梨は旧知である響子へと視線を向けた。

 

「あら、何かしら?」

 

「響子さん、達也君と知り合いだったんですね」

 

「まぁ、同じ部隊に所属してるしね」

 

「何時からの知り合いなんですか?」

 

「そうね……少なくとも愛梨さんや真由美さんより前からって事くらいしか言えないわね」

 

「そうですか……」

 

 

 納得のいってない表情で響子を見ていた愛梨と真由美だが、摩利の一言で現実に復帰した。

 

「言い争うのはいいが、逃げ遅れたら達也君に怒られないか?」

 

 

 この一言は、この場に残っていた大半の女子にかなりの影響を与え、迅速に避難する事が出来たのであった。




PCの所為かサイトの所為かは知らんが、何度もログイン状態が解かれて書き直し……誤字があっても知らん

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