劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2281 / 2283
式典は嫌いです


卒業式

 二〇九八年三月十五日、土曜日。魔法大学付属第一高校では、いよいよ卒業式を迎えた。一高だけではなく、三高と六高を除く付属高校の卒業式が、一斉に行われる。

 大勢の父兄と来賓に見守られて、卒業証書の授与が厳かに進む。こういう所は前世紀から余り変わっていない。二〇九七年度の卒業生、百七十名ちょうど。入学時点から三十人が退学しているということだ。この数字は例年に比べて多いとも少ないとも言えない。魔法工学科の新設で退学者は減ると期待されていたが、まだまだ効果が出るのは先のようだ。

 一方、卒業生の進路については魔法大学へ進学する者、百二十八名。防衛大へ進学する者、十五名。魔法大学へ進学する者の割合が約十パーセント伸び、防衛大を進路に選んだ卒業生の割合が微減していた。これは魔法工学科新設の効果と言って良いだろう。なお、その魔法工学科は二年進級時に新設されてから一人の退学者も出していない。二十五人全員が卒業を迎えたのは、全クラスの中で最も優秀な成果と言える。

 卒業証書はまず最優秀生徒――成績だけでなく課外活動も加味して最優秀と認められた生徒が最初に受け取り、以降は成績に関係なくA組から順番に授与されていくのが去年までの流れだった。だが、今年は少しだけ違いがあった。

 最初に名前を呼ばれたのは深雪。これは誰もが納得の、順当な結果だ。しかしラストは、H組の卒業生ではなく、最後に名前を呼ばれたのは達也だ。壇上に上がった達也を前に、百山校長が改めて卒業証書を読み上げる。

 

「――所定の過程を修めその業を卒えたのでこれを証する」

 

 

 書かれていた文面は、テンプレート通りの面白みが無く無難な物。だが、そこで終わりではなかった。

 

「また貴殿が在学中、各界に多大な貢献を為し本校の名誉を大いに高めたことに対し、感謝の意を表す。国立魔法大学付属第一高等学校校長、百山東」

 

 

 渡された書状は卒業証書一枚。だが言葉だけのものであっても、一人の卒業生が卒業式で校長から感謝の言葉を贈られるなど前代未聞の出来事だった。虚を突かれたような短い静寂の後、最初はパラパラと、すぐに割れんばかりの喝采が沸き起こる。一人の劣等生として入学した達也は、優劣を超えた規格外の生徒として卒業の時を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 卒業式の後、今年は区別がないパーティーが開催されることになっている。これはもちろん、前生徒会長である深雪と前風紀委員長である幹比古の意思が多いに反映されている。そういうわけで達也はいつも通りのメンバーで一塊になって、他の卒業生と同じ歩調で会場に向かっていた。

 

「それにしても凄ぇよな。卒業式で校長から感謝してもらえるなんて、前代未聞じゃねぇか?」

 

「学校側としては苦肉の策だったんだろうな」

 

「どういうこと?」

 

 

 達也の応えに不思議そうな顔をしているのは、疑問を口にしたエリカだけではなかった。

 

「俺の出席免除、試験免除はディオーネー計画参加が前提だったからな。出席日数も単位も足りない俺を卒業させる別の口実が必要だったんだろう」

 

「……それだけじゃないと思うけど」

 

「そうですよ! 実際に達也さんは学校から感謝されるだけのご活躍をされていたんですから」

 

 

 エリカに続いてほのかが熱心に達也の誤解を解こうとする。そんな中、深雪の許に現生徒会長の泉美が歩み寄って来る。赤い制服を着た男子生徒を伴って。

 

「一条さん!?」

 

 

 深雪が思わず声を上げてしまった通り、その男子生徒は三高の一条将輝だった。

 

「……司波さん、お久しぶりです」

 

「はい。お久しぶりです。でも……」

 

「僭越かと存じましたが、私がお招きしました。僅か一ヶ月とは言え、一条先輩も当校に在籍された卒業生。せっかく東京にいらっしゃるのですからと、お声がけした次第です」

 

 

 どうして、というセリフを呑み込んだ深雪に泉美が横から説明する。三高の卒業式は延期になっているので、厳密に言えば将輝はまだ卒業生ではない。しかし深雪はそんな些細な点は指摘せず、泉美の気配りを労う。

 

「そう。泉美ちゃん、よく気が付いてくれたわね」

 

「もったいないお言葉です!」

 

 

 全身で感激を表す泉美に笑顔で頷いて、深雪は将輝に視線を戻した。

 

「一条さんは何時東京へいらっしゃったのですか?」

 

「一昨日です。新ソ連軍の配置が通常に戻ったので、卒業式より一足早く上京することにしました。その、東京を本拠地にしている七草家と十文字家には一昨日の内に挨拶を済ませまして」

 

 

 何故か将輝が少し慌てた素振りを見せたので、深雪が訝しげに将輝を見上げる。何故そんな当然なことをこのタイミングで態々口にするのか分からない、という顔だ。

 

「なる程。泉美が一条の上京をいち早く知っていたのはそういう理由か」

 

「そうなんだ」

 

 

 達也の助け船に、将輝がホッとした表情を浮かべた。そこで漸く、将輝の注意が深雪以外に向く。達也の周りには深雪以外にも美少女が揃っており、そのほとんどが将輝の事を生温かい目で見つめている。その視線を辿り、リーナを見て将輝は怪訝そうな顔になった。




達也が留年するわけ無いだろ……教師よりも知識あるんだから、追試で一発だろうし

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。