劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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普通に考えれば順当なんですけどね


将輝・真紅郎の進路

 当たり前だが、生徒会も風紀委員も既に代替わりしている。深雪もほのかも、もちろん達也も、もう生徒会役員ではないし、幹比古と雫も風紀委員ではない。昼休みにまで仕事に悩まされることもなく、達也たちは揃って食堂でランチを楽しんでいた。

 

「達也さん、ご存じですか? 三高と六高の卒業式が延期になったそうですよ」

 

 

 この情報をテーブルにもたらしたのはほのかだ。ほのかは順当に、四月から魔法大学に進むことになっている。もちろん、雫も一緒だ。

 

「あっ、僕もその話は聞いたよ」

 

 

 相槌を打ったのは幹比古。彼も来月から魔法大学の学生だが、暫くは昼間大学に通って夜は実家の儀式に参加する生活になりそうだと嬉しそうにぼやいていた。何でも、古式魔法師にとって一人前と認められる為の第一段階と位置付けられる重要な儀式らしい。

 

「新ソ連の影響か?」

 

「そうです。日本海沿岸はまだ厳戒態勢ですから」

 

 

 ほのかと幹比古の言葉に、達也が質問の形で推測を返すと、ほのかが頷いて達也の推測を肯定する。彼女が言う通り、北海道・東北の日本海沿岸地域、北陸・山陰の沿岸部各都市には、現在非常事態宣言が出されている。新ソ連がウラジオストクに大軍を集めていることに対する措置だ。新ソ連政府は「演習目的だ」と言い張っているが、そんな言い訳を鵜呑みにできるはずが無い。単なる示威行為ならばまだいいのだが、本格侵攻の準備という可能性が捨てきれない。八月に達也の反撃を受けた新ソ連は、その後報復に出ることもなく去年の内は大人しくしていた。だがやはり、そのまま引き下がる気は無かったのだろう。年初から度々威嚇と見られる大規模な演習を極東地域で繰り返してきた。そして遂に、五日前から始まった陸海軍の大動員である。

 達也も新ソ連の動向は把握していた。おそらく、この場にいる誰よりも詳しいだろう。新ソ連軍の目的が侵攻には無く威嚇に過ぎないという情報も彼は掴んでいた。USNAの国防長官付き秘書官からの情報だ。恐らく国防軍や防衛省の幹部より正確に事態を把握している。だから達也は現状を余り心配していない。ただ懸念されるのは新ソ連軍の前線兵士の暴走だが、それは何時でも起こり得ることだ。もし日本に対する大規模な攻撃に発展すれば、東道青波との秘密契約に基づき、達也は遠慮なく介入するつもりだった。

 

「三高と六高は、卒業式を二十四日まで延期する予定らしい」

 

「九日の延期か……随分慎重なんだな」

 

「厳戒態勢が長引いて再延期なんて羽目に陥るより、延ばせるだけ延ばしておこうって考えみたいだ」

 

 

 差し迫った危機は無いと知っている達也の正直な感想に対して、幹比古は裏事情を知らないまま延期の事情を説明する。言われてみれば納得できる話だ。甘い予測で予定が二転三転するのは、関係者にとって迷惑以外の何ものでもない。

 

「そうか。一条たちも大変だな」

 

 

 一条将輝と吉祥寺真紅郎も魔法大学進学組だ。将輝は夏の時点で気持ちが防衛大に傾いていたが、結局魔法大学に決めていた。この件では達也も相談を受けていたが、彼のアドバイスが将輝の進路に影響したのかは分からない。

 進路に悩む必要は全く無いと思われていた吉祥寺も、実は紆余曲折があった。彼は既に金沢魔法理学研究所の研究員であり、大学に進学するよりこのまま金沢に残って研究所で自分の研究を進めた方が良いのではないか、という声は以前からあったが、所詮少数派の意見でしかなかった。

 しかしこの押しつけがましい独善的な声が、戦略級魔法『海爆』の登場で無視できない程に高まった。この困難な国際情勢下で戦略級魔法を開発できる技術者を、大学で遊ばせていいのか、という自分勝手な正義を振りかざす者たちが大勢出現したのだ。そもそも魔法大学は遊ぶ所ではないし、吉祥寺が学問の自由を犠牲にしなければならない道理はどこにもない。そんな無責任な正義感は頭から無視すれば良かったのだが、真面目な吉祥寺は「国難」と言われて悩んでしまったのだった。

 吉祥寺が迷いを振り切って進学を決めたのは、将輝の「やっぱり魔法大学に進学する」という一言が決め手だった。そして将輝と吉祥寺は無事、四月から今まで通り仲良く同じ学校に通うことになったのである。来月から東京の魔法大学に通うとなれば、当然東京またはその近郊に住まいを探さなければならない。新生活の為の準備も色々必要だ。卒業式が遅れれば、その分準備に費やせる時間は減る。一条家の跡取りとその友人だ。新居探しはそれ程苦労しないかもしれないが、事前に上京して新しい生活環境に慣れておく時間が短くなってしまうのは避けられない。

 

「一条さんたち、もしかしたら卒業式前にこちらへいらっしゃるかもしれませんね」

 

 

 深雪も同じことを考えたのか、そんな予想を口にした。確かに東京と金沢の距離を考えれば、東京で新生活をスタートさせて卒業式だけ金沢に帰るという選択肢も十分に現実的だ。

 

「ああ、あり得るな」

 

 

 だから達也は、深雪にそう応えを返した。友人たちの間からも、異論は出なかった。




軍属になるかは後で考えれば良いことです

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