劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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説得力が違う


説得

 達也たちの笑みの理由を考えたが分からず、リーナは深雪に、光宣は達也に説明を求めるような視線を向け、深雪は達也に視線を向けた。

 

「人工的に造った魔法演算領域など聞いたことが無いと言ったな、光宣」

 

「ええ。そういう実験があったという噂は聞いたことがありますが、成功したという話は流れてきていない。なら、成功しなかったと考えるのが普通です」

 

「そうだな。確かに成功したとは言い難い結果だろう」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 達也が自分の知り得ない情報を持っていると理解した光宣は、達也に話の先を促す。促すというよりかは問いただすような雰囲気だが、その程度の雰囲気で達也が物怖じするはずも無く、今度は先程より軽めの苦笑いを浮かべながら答える。

 

「俺が、その実験の唯一とも言える成功例だからな」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 先ほどと同じ、だが込められている感情は全く違うセリフを光宣が零す。

 

「以前光宣は、魔法師として生まれたのに魔法が使えない屈辱は俺には分からない、なんてニュアンスの事を言ったな」

 

「ええ。強い魔法師として生まれ、強い魔法師として生きられている達也さんに僕の気持ちなんて分かるはずが無い」

 

「光宣君、それは――」

 

 

 深雪が口を挿もうとしたのを、達也が視線で諫める。その視線を受けた深雪は申し訳なさそうな表情を浮かべ、大人しく引き下がった。

 

「俺は魔法が使えないのに魔法師にされた、人造魔法師だ」

 

「魔法が使えない? でも達也さんは――」

 

「現代魔法の定義に当てはまる魔法は、殆ど使えない状態で生まれた。俺が自由に使えた魔法は『分解』と『再成』、最高難度に数えられる二つだけ。これに演算領域の殆どのリソースを奪われた結果、現代魔法として定義される情報体を改変し事象を改変する技術はほぼなかった」

 

「そんな……」

 

「光宣、お前に分かるか? 魔法師ではないのに魔法師にされた気持ちが?」

 

 

 達也の問いかけに、光宣は答えることができなかった。彼は達也が最初から強い能力を持って生まれてきたと信じて疑わなかった。何故二科生なのかなど、考えることすらしなかった。

 

「なおかつ強すぎる力を押さえる為封印まで施され、次期当主に指名されるまでその力の全てを使うことすらできなかった所為で、今でも制御が難しい。だから全力を出したらどうなるか、俺にも分からない」

 

「………」

 

「だが人工的に造った魔法演算領域で処理する分には、その様な心配をすること無く魔法を使うことができる。その技術を応用し、一度水波の中から魔法演算領域を消し去り、新たに人工魔法演算領域を埋め込むことで、オーバーヒートの心配を取り除き、かつ魔法師として生きられるよう研究を続けてきた。だがな、光宣」

 

 

 急に名前を呼ばれ、光宣は思わず身構える。達也の口調には自分を責めるニュアンスが込められていると理解したからだ。

 

「水波の中にパラサイトが残った状態では、別の問題と一生付き合わなければならなくなる。何時パラサイトに精神を侵食され、水波が水波でなくなってしまうのではないかという問題がな」

 

「………」

 

「お前が水波の中にいるパラサイトを取り除いてくれるのならば、以前と殆ど変わらずに魔法を使える状態に戻すことができるんだ」

 

「……その施術の成功率はどれくらいなのですか?」

 

 

 光宣の返事に、達也ではなく深雪と水波が驚いた表情を浮かべた。つい先ほどまで水波を救う手段は自分自身が死ぬことしかないと考えていた光宣の認識を改めることができたことへの驚きと、突拍子のないはずの話なのに、彼が信じたということへの驚きだった。

 

「俺の場合は生来の演算領域の他に演算領域を創り出すという実験だったから成功率は低かった。だが水波に施すのは、生来の演算領域を白紙化した場所に人工的な演算領域を埋め込む方法だ。さほど難しくはない。もちろん、施術者と水波との間に信頼関係が無ければ難しいだろうがな」

 

「その施術は達也さんが?」

 

「俺にしかできないだろうな。俺に演算領域を埋め込こんだ人は、既にこの世にいないのだから」

 

「ちなみに、その人はいったい?」

 

「司波深夜、深雪の母親だ。俺の伯母でもある人だ」

 

「………」

 

 

 光宣は何も言葉を発しなかった。身内である達也をその様な危険が伴う実験の被験者に選ぶ神経を疑ったが、自分も水波を人ではない別の物へしようとしていると思い直し、彼女たちを非難する言葉を呑み込んだのだろう。

 

「パラサイトが残っている状態で施術できないこともないが、その場合本来の力を発揮できなくなる可能性の方が高い。だからお前に水波の中にいるパラサイトを取り除いてもらおうとしたんだ」

 

「そうだったんですね……」

 

「光宣、君は水波と一緒に居たいんじゃないのか?」

 

「さっきも言っただろ、レイモンド。僕は、水波さんに生きて欲しいだけだ」

 

 

 レイモンドに答えた後、光宣は憑き物が落ちたような表情で達也を見詰め、そして頭を下げた。

 

「僕は、僕のやり方でしか水波さんを救えないと思っていました。ですが、達也さんは水波さんから魔法を取り上げるつもりは無かったんですね」

 

「初めからそう言っていたはずだが」

 

「そうでしたね」

 

 

 自分の考えが全てだと信じていた光宣は、達也に素直に負けを認め、そして力なく笑ったのだった。




人の話はちゃんと聞けよな……

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