劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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自己満足の押し売り


光宣の本音

 どういう仕組みなのかは分からないが、達也はこの世界からパラサイトを消し去る魔法を編み出している――光宣はそう直感した。彼は理解した。達也が自分を救おうとしていると。おそらく、自分の為ではない。深雪と水波の為に、自分を殺すという結末を避けようとしていると。

 

「(だけど、それでは駄目なんです……それでは、彼女を救えない……!)」

 

 

 達也の思い通りにはさせられない。精神は、肉体無しではこの世界に干渉できない。心臓を失った光宣は、現世に干渉する力を急激に失っている。それでも光宣は、残された力を振り絞って自分の中から出ていこうとするパラサイトを引き戻し、己の肉体を修復した。

 

「そういうことだったんですね、達也さん」

 

 

 光宣は達也に向かって、同じセリフを繰り返した。

 

「達也さんは僕を人間に戻そうとした。そうすることで、僕を助けようとしてくれたんですね」

 

 

 達也は光宣の言葉に応えない。ただ発動途中だった『アストラル・ディスパージョン』を中断し、光宣の肉体を復元する為に待機させていた『再成』の魔法式を、光宣の肉体構造データと一緒に破棄した。

 

「僕を心臓死に追い込み、抜け出てきたパラサイトの本体を滅ぼした後、僕の肉体を復元する。そうすることで僕からパラサイトを分離し、人間に戻してくれるつもりだったのでしょう?」

 

「……そうだ」

 

 

 今度は光宣の言葉に、達也は応えを返した。そこまで完全に見抜かれてしまっては、認めるしかなかった。

 

「達也さんはやっぱり、冷たいように見えて優しい人なんですね」

 

「………」

 

 

 達也の仏頂面に、光宣が失笑を漏らす。その笑顔に敵意は見当たらなかった。

 

「だけど僕は、人間に戻るわけにはいかない」

 

「何故なの!?」

 

「何故なんですか!?」

 

 

 その叫びは同時に放たれた。深雪と水波が光宣のセリフに間髪を入れず、その理由を訊ねる。質問の形で、光宣を咎める。光宣に翻意を求める。

 

「僕はパラサイトとして殺されることで、僕の霊体の中にパラサイトを吸収し、人間の精神に憑依するパラサイトの能力を使って水波さんの精神の奥底に自らを沈め、既に憑依しているパラサイトとも合体して魔法演算領域の安全装置になります。これが水波さんを完全に治療する、現在実行可能な唯一の方法です」

 

 

 それが光宣の答え。人間に戻ることを拒絶した理由。水波が勢い良く、自分の口を塞いだ。

 

「……私の為、なんですか……?」

 

 

 悲鳴を呑み込んだ水波が、ゆっくりと手を下ろしながらのろのろと問いかける。光宣が哀しげに頭を振った。否定の仕草は、水波の質問を直接否定するものではなかった。

 

「……達也さん、正直に告白します。水波さんの病状が決定的に悪化してしまったのは、僕の所為です。水波さんを攫っていった先の米軍基地で、僕たちはパラサイトを排除しようとするアメリカ兵の襲撃を受けました。その際に水波さんは、僕を庇って高出力の対物障壁魔法を使ってしまったんです。その所為で水波さんのオーバーヒート症状は決定的に悪化してしまいました。僕の中にある周公瑾の知識でも、手の施しようがない程に。時間稼ぎすら難しい程に」

 

「だから、自分の命で責任を取ると?」

 

 

 達也の言葉に、光宣は嫌味ではない苦笑を漏らした。

 

「責任ではありません」

 

 

 光宣は少し躊躇ってから、羞じらいを含む表情で続きを口にする。彼の、本音のセリフを。

 

「僕は水波さんに、生きていて欲しいだけです。だから達也さん、お願いです。僕を殺してください」

 

「殺されなければならないのか?」

 

「自殺では駄目なんです。パラサイトの本能が、自殺を避けようとしてしまう。その為、僕の精神とパラサイトの本体の間に亀裂が生じて、その後の吸収が困難になってしまいます」

 

 

 どうやら自分に対する嫌がらせではなさそうだと理解した達也が、銀のリングを手首にはめた右腕を光宣へと差し伸べる。

 

「待ってください!」

 

 

 制止の声が上がった。不意を突かれた深雪が、リーナが、止めようとして手を伸ばすが間に合わず、水波が達也と光宣の間に駆け込む。達也に背を向け、光宣と正面から向かい合って。

 

「光宣さま、私はその様なことを望んでいません。私は光宣さまの犠牲の上に、生き存えることなど望みません」

 

「……分かっている」

 

 

 水波が自分の考えを受け容れてくれるとは光宣も思っていない。だがこれしか水波を救う手立てがないと信じて疑わない光宣は、自分が達也に殺されるしかないという考えを水波に強要するしかなかったのだ。

 

「達也さま、何か方法は無いのでしょうか? 光宣さまを殺すことなく、私の中からパラサイトを消し去り、魔法演算領域のオーバーヒートで悩む必要の無い方法は」

 

「水波さん、そんな都合のいいものは無いんだ。僕だけじゃなく、周公瑾の知識でも君の症状を回復させる方法なんて。以前達也さんが言っていた方法だって完璧ではないはずだ。そもそも、人工的に造った魔法演算領域なんて聞いたこと無いからね」

 

 

 光宣の言葉に、達也と深雪は苦笑――というのは苦すぎる笑みを浮かべる。何故二人が笑ったのか、光宣だけでなくリーナも理解できないという表情を浮かべていた。




まぁ聞いたことないよな

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