劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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死にかけでも冷静な人


ギリギリでの思考

 右手の先に纏った想子層が光宣の想子体に食い込んだのを達也は感じた。次の瞬間、『仮装行列』が効果を失い光宣の実体が露出する。達也はそれを〇・一秒の間に認識した。考えたのではなく、知った。

 彼の右手には全身の装甲に使っていた想子が集められている。これは『仮装行列』を無効化したからではない。掌底突きを繰り出した時から決めていたことだ。

 無防備になるのは覚悟の上。『鬼門遁甲』の解除に光宣の迷いを見て取り、達也は勝負に出たのだった。右手が光宣の胸を捉える。やや左よりだが、狙っていた位置から大きく外れてはいない。掌から衝撃と想子を流し込む。想子が浸透して行く確かな手応え。それは草原に倒れた光宣の反応となっても表れた。

 痙攣し、のたうち回る光宣。達也は光宣の腰を跨いで逃げられないようにし、前傾して光宣の様子を観察する。痙攣が止まり、光宣の身体は草の上にぐったりと横たわった。抵抗力は無くなっているように見える。演技ではない、と達也は判断した。ただ、この状態がどの程度続くか分からない。今の内に、処置を終えるべきだ。達也は屈みこみ、左手を光宣の右胸に当てた。

 

「(肉体の構造情報を取得――完了。取得した構造情報を変数として待機)」

 

 

 そして達也は親指だけを開く四本貫手の形にした右手を引き絞り、無造作に、光宣の胸に、突き刺した。光宣の口から苦鳴が漏れ、その身体がもう一度だけ、大きく痙攣する。胸に食い込んでいるのは人差し指から小指までの四本だけではない。開いた状態で親指も無抵抗に潜り込んでいた。

 これは言うまでも無く、『分解』を使った結果だ。右手に『分解』の事象改変フィールドを纏わせ、接触する物を無差別に分解しているのである。指が付け根まで沈んだところで、達也は右手を握りしめた。ちょうど、心臓を握りつぶす位置だ。

 光宣が大きく両目を見開き、悲鳴の形に口を開く。しかし、その口から声は出ない。達也が右手を引き抜く。そこには、ぽっかりと空いた穴以外何も無かった。すぐに立ち上がり、一歩退く達也。返り血は見当たらない。心臓を握りつぶしたはずの右手にも、血は付いていない。

 達也は光宣を真剣な表情で観察している。一秒が経過。達也は光宣から目を離さない。二秒が経過。

 

「(出たな)」

 

 

 彼は心の中で呟いた。光宣の身体から、パラサイトの本体が抜け出そうとしていた。

 

「(霊子情報体支持構造を認識)」

 

 

 達也は、まだ半分が光宣の肉体と重なっている状態のパラサイトに「眼」を向けた。霊子情報体支持構造分解魔法『アストラル・ディスパージョン』で光宣に同化したパラサイトを滅ぼす為だ。

 

「(霊子情報体支持構造の分析を完了。アストラル・ディスパージョン――)」

 

 

 だが彼がアストラル・ディスパージョンを発動する一瞬前。肉体を捨てたはずのパラサイトが、再び光宣の身体へ吸い込まれていった。

 

「(これは――!)」

 

 

 達也が向ける驚愕の視線の先で、光宣の胸に空いた穴がみるみる塞がっていく。パラサイト化した光宣が高い治癒力を持っているのは知っていたが、心臓を丸ごと再生する程とは、達也も予想していなかった。

 胸の傷が塞がり、光宣が目を開ける。達也は思わず一歩、二歩と後退した。光宣がむくりと起き上がる。

 

「そういうことだったんですね」

 

 

 立ち上がった光宣はそう言って、達也に何ら含むところの無い笑顔を向けた。達也の掌底突きを喰らった光宣は肉体の自由を失っていたが、精神は正常に活動していた。肉体が精神の命令を受け付けなくなっているだけで、精神は肉体の情報を把握していた。

 達也の左手が自分の右胸にあてがわれる。その直後光宣は、達也が自分の肉体の情報を読み出したと感じた。肉体の、細胞一片に至るまでの構造情報。自分の肉体の全情報。それが達也の中にストックされたと、彼は直感的に覚った。

 

「(もしかして、これが達也さんの復元能力の秘密……?)」

 

 

 だが今の自分の肉体を復元して、何の意味があるのだろうか。そんな疑問を懐いたのは一瞬。意識を漂白されてしまいそうな激痛が光宣を襲った。心臓を消されたという信号が、同時に生じた痛覚と共に肉体から送られてきたのだ。

 しかし激痛はすぐに消えた。痛みが大きすぎて、脳が痛覚情報を遮断したからだ。心臓は失われたが、精神と肉体のつながりはまだ保たれている。大脳は霊的次元に存在する精神と物質次元の存在である肉体をつなぐ送受信装置。大脳は心臓の機能が失われても、三秒から五秒は活動を続けている。だから光宣の精神はまだ、肉体の状態を知ることができる。精神にとっては、脳が活動している限り肉体は生きている。

 しかしパラサイトは、血の流れに宿って人間の肉体に同化する初期プロセスの性質上、血液という物質的な存在に縛られなくなる同化後も、心臓の機能喪失を宿主の死と認識する。そして宿主の「死」により、パラサイトはその肉体から離れる。

 

「(これが達也さんの狙いだったのか?)」

 

 

 実際にパラサイトが光宣の肉体から抜け出していく。そのパラサイトに向けて、達也が光宣の知らない魔法を使おうとしている。あれは、パラサイトを葬る魔法だ。光宣はそう感じた。




死にたくないのはパラサイトも一緒

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