劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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説得は不可能


開戦

 光宣が使った「正しい選択」という言葉を聞いて、その結果が祖父殺しという悲惨な結果を招いた、とは、達也は指摘しなかった。ただ冷淡な声で断じただけだ。

 

「愚かな正しさだ」

 

「達也さんから見ればそうなのでしょうね。貴方は強い人だ。愚かさに縋らなければならない弱さを理解できても、共感なんてできないでしょう」

 

 

 それは違う、と達也は思った。自分は弱さを、許されなかっただけだ。だが思っただけで口にはしない。それは多分、この場で口にすべきことではなかった。

 

「そして僕は弱いから、自分の本心を抑え続けていられる自信が無い。彼女と一緒にいたい、彼女を自分と同じにしたいという欲に耐え続けられるかどうか、自分でも分からない」

 

「弱ければ、許されるとでも思っているのか?」

 

 

 厳しい声で達也が問う。光宣は弱々しく、首を左右に振った。

 

「弱さが免罪符になるなんて思ってません。僕はただ、事実を告白しているだけです」

 

「ならばなおのこと。今すぐ、水波に取り憑かせているパラサイトを取り除け」

 

「取り除いた後、どうするんです? 冬眠パラサイトの蓋が無くなれば、水波さんはまた『魔法演算領域のオーバーヒート』のリスクに曝されることになりますよ」

 

 

 光宣は、ややシニカルな口調で問い掛け、この上なく真摯な眼差しを達也に向ける。

 

「既に方法は考えてある。後は水波の同意があればすぐにでも実施できるが、パラサイトがその場に居続ける限り、水波をそのリスクから完全に救い出すことはできない」

 

 

 達也が使った「完全」という答えに、光宣はどう感じ取ったのか、達也にはもちろん、彼の後ろで聞いていた深雪とリーナにも分からなかった。

 

「そうですか」

 

 

 予想以上に強気な達也の答えを聞いて、光宣は能面の様な表情で呟いた。そしてその直後、彼の顔に妖しい笑みが戻る。

 

「その為には二つの方法があります。一つ目は言うまでも無く、僕がパラサイトに水波さんの中から消えていくよう命じること。瞬間的にパラサイトの休眠が解除されますが、僕の支配下にあるので水波さんが侵食されることはありません」

 

 

 光宣がそのつもりなら、態々説明する前に水波からパラサイトを取り除いているだろう。つまり、この一つ目の方法を採るつもりは無いということだ。

 

「そして二つ目は、僕を殺すことです。この場合はパラサイトは解放されてしまいますが、強制休眠で弱っていますので水波さんが侵食を受ける可能性はほとんどありません。感覚的な数字で申し訳ないのですが、侵食が始まる可能性は十パーセントも無いでしょう。せいぜい五パーセントというところではないでしょうか」

 

 

 自分を殺せば望みが叶う。つまり、自分を殺せと光宣は言っているのだが、とてもそうは思えない、穏やかな語り口だ。

 

「達也、ちょっと」

 

 

 それまで黙って達也と光宣の対決を見守っていたリーナが、達也の袖を小さく二度、引っ張る。達也が顔を動かさずリーナへ目を向けた。

 

「信じられないわ。罠じゃないの、水波をパラサイトに変える為の」

 

 

 小声で囁き掛けるリーナ。

 

「嘘ではないだろう。水波がパラサイトになっても自分が死んでしまえば、光宣にとっては意味が無い」

 

 

 達也は光宣にも聞こえる声でリーナに答える。その言葉を耳にした光宣が、一瞬表情を歪めた。だがすぐに、端整なたたずまいを取り戻す。

 

「というわけです。達也さん、始めましょうか――殺し合いを」

 

 

 直後に発生する破裂音。達也のすぐ前で電光が弾ける。火花は雷撃に成長することなく消え失せた。光宣の『スパーク』と達也の『術式解散』だ。

 

「三人とも、下がれ! リーナ、深雪と水波を頼む」

 

「はい!」

 

「任せて!」

 

 

 達也の指示に、深雪が水波の手を引っ張って後ろに下がり、リーナが深雪と水波の前に立つ。一方、光宣とレイモンドの間に言葉の遣り取りはなかった。光宣が魔法を放つと同時に、レイモンドは邪魔にならない距離まで飛び退っていた。

 光宣の全身から想子光が放たれる。魔法の扱いに長けた光宣が余剰想子光を漏らす程の、高出力の魔法が行使された兆候だ。しかし、何も起こらなかった。

 良く見れば、達也の周りで微かに想子光が舞っている。空気中の想子が、達也の身体から五十センチの境界面で撥ね返っているのだ。

 想子は物質を透過する。撥ね返っているということは、想子に作用する魔法的な力場が達也の周囲に展開されているということだ。

 しかしそこに、魔法式のような情報構造は無かった。それは『精霊の眼』でなくても、情報体の存在を認識する魔法師の知覚力を持つ者には明らかな事実だ。

 

「完全に均質な高密度の想子層ですって……?」

 

 

 リーナが思わず口にしたものだが、達也の身体を包み込んでいた。

 

「しかも、一滴の想子も漏らしていない。これが想子の鎧、接触型術式解体の完成形なのですね、達也様……」

 

 

 深雪が畏怖と陶酔の入り混じった呟きを零す。それは単に構造を持たない、混沌を装甲とする接触型術式解体と違って、体質任せの力業ではなく、高度な技術によって生み出された対抗魔法だった。

 

「直接攻撃は効果無しか……」

 

 

 思わず光宣が呟きを漏らす。自分の思考を声に出していると、彼は意識していない。それだけ達也の接触型術式解体にショックを受けたのだろう。




攻撃だけではなく防御も最強に……

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