劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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裏ボス的な存在


葉山の正体

 達也が八雲と電話をしている頃、真夜はカップの中に残っているお茶を見詰めながら考えを纏めていた。

 

「明晩でございますか。いきなりである感は否めませんな」

 

 

 真夜は斜め上から聞こえてきた声に顔を上げた。その視線を勘違いしたのか、葉山は真夜の前に置かれたティーカップの中身を捨て、新しい一杯を注いだ。

 

「反対しないのですね」

 

「達也様が九島光宣との戦いにおいてお一人で臨まれようとしていることに、でございますか?」

 

「深雪さんとリーナさんも連れていくようだけど」

 

「達也様が深雪様方のご助勢をお許しになることは無いでしょう。奥様もそうお考えなのでは?」

 

 

 葉山の反問に、真夜はあっさり「ええ」と頷いた。

 

「達也さんが九島光宣に後れを取ることはあり得ないのだけど、また逃げられてしまわないかしら?」

 

 

 素直になったついでに、真夜は自分が懐いている懸念を問い掛けの形で葉山に打ち明ける。

 

「達也様もその点は十分に警戒されているのではないかと存じます。深雪様をお連れになるのは、あるいはその対策かもしれません」

 

「……葉山さん」

 

 

 真夜が次の言葉を発するまでに、短くない間があった。

 

「はい、何でございましょうか」

 

「万が一パラサイトに逃げられでもしたら、元老院の心証は最悪でしょうね」

 

「ご機嫌を直していただくまで、多大な時間と労力を費やさなければならないでしょう」

 

 

 真夜が口にした『元老院』は明治初期、帝国議会開設前に存在した立法機関のことではない。無論その後継機関ではないし、憲法外機関だった『元老』とも無関係だ。

 四葉家のスポンサーとなり、四葉家に凶悪犯罪を犯した魔法師、凶悪犯罪を目論む魔法師を捕らえ、処分させてきた非公式の秘密組織。それが『元老院』であり、東道青波もその一員だ。

 四葉家は師族会議を、実のところ眼中に入れていない。魔法協会が何を言おうと、意に介さない。日本政府は四葉家に口出しするどころか、逆に恐れている。四葉家が気に掛けているのは、影響されることを受け容れているのは、元老院だけだった。

 

「私たちの役目は魔の闇に落ちた人間を処理することで、人間ではない魔物は守備範囲外なのだけど」

 

「パラサイトは人間が変異した魔物ですので、四葉家の守備範囲に含まれます」

 

「葉山支配人、それは元老院のエージェントとしてのご意見かしら?」

 

 

 真夜が葉山に、鋭い視線を向ける。他の使用人がいる前では、決して葉山に向けない種類の視線だ。葉山が四葉家を監視する目的で元老院から派遣されたエージェントだということは、四葉家の中でも当主だけが知り得る秘密だった。

 

「滅相もございません。奥様の執事としての言葉でございます」

 

 

 もっとも葉山自身は、長年苦楽を共にしてきた結果、今や元老院エージェントとしての自分より真夜の執事である自分に重きを置いている。葉山が変わることの無い恭しい態度で真夜に告げた答えは、彼の本心だった。

 

「そう……」

 

 

 真夜の視線が和らぐ。

 

「では四葉家の筆頭執事としての意見を聞かせて。明日、私たちは動くべきかしら? それとも動かずにいるべきかしら?」

 

「そうでございますね。達也様の邪魔にならぬよう、遠巻きに囲むのがよろしいかと」

 

「伏兵包囲ね……。良いわ、そうしましょう。葉山さん、手配をお願い出来る」

 

「分家の皆様には?」

 

「夕歌さんにだけ、声を掛けてください」

 

 

 真夜は迷わず、津久葉家以外には手を出させないように命じた。

 

「かしこまりました」

 

 

 葉山は一礼して、主の命を果たすべく真夜の書斎を後にした。

 

「達也さんが九島光宣とどのように決着を付けるのか、楽しみではあるのだけども……」

 

 

 真夜は達也が光宣に後れを取るなどと思っていない。逃がすとも思っていない。達也には自分たちとは違う視力があるので、接敵して視界に収めれば、今度こそ見失うことは無いだろうと思っている。

 だが万が一水波が光宣の気持ちに応える、などということが起これば状況は一変するだろう。

 

「水波さんは達也さんに想いを告げているのだけども、あそこまで熱心にアプローチされたら、年頃の少女が揺らがないわけもないわよね……深雪さんのように、達也さんしかあり得ないという考えの持ち主ではないようだし」

 

 

 未だに深雪にアプローチを続けている一条将輝のことを思い浮かべ、真夜は苦笑いを浮かべながら将輝の顔を思考から追いやる。そして代わりに光宣の顔を思い浮かべた。

 

「水波さんも十分に美少女だし、美少年である九島光宣の隣でも十分に霞まずにいられるでしょうけども、彼女は達也さんの隣にいたいと思っているから、この心配は無用よね……達也さんも、解決策を見つけているようだし」

 

 

 達也がしようとしていることは、かつて達也が施術された方法だ。下手をすれば感情を全て失うことになるだろう。

 

「達也さんは、そのことをどう考えているのかしら……いくら元からある演算領域の上に創ると言っても、リスクはゼロではないでしょうに……」

 

 

 過去の失敗作で練習していたとはいえ、達也は精神干渉系魔法になじみは無い。その点も含めて、真夜は言いようのない不安を懐いているのだった。




達也への信頼度は高い

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