劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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自殺志願者としか思えない失言……


リーナの失言

 八月十四日、達也たち四人は巳焼島に戻った。翌日十五日、USNAから恒星炉技術習得を目的にする技術者の一団が巳焼島を訪れることになっている。それに備えてのことだった。

 USNAからジェフリー・ジェームズを通じて提供された技術者の名簿を見て、達也は「本当だったんだな」と呟いた。呟いた場所は別宅の、四人が揃ったリビング。その声は全員の耳に届いた。

 

「何がですか?」

 

 

 そう問いかけたのは深雪だ。リーナは興味なさそうにカフェオレのマグカップを傾け、水波は慎み深く沈黙を守っている。

 

「来日する技術者の名簿にアビゲイル・ステューアットの名前が記載されている」

 

「その方がどうかなされましたか?」

 

 

 深雪に重ねて問われ、達也はリーナへ目を向けた。

 

「リーナ、お知り合い?」

 

 

 その視線の意味を「リーナに聞いてくれ」という意味だと解釈した深雪が質問の相手をリーナに変える。マグカップをテーブルに戻したリーナは一瞬だけ達也を睨み、平気なふりを装って「ええ」と答えた。

 

「アビー……アビゲイル・ステューアット博士はスターズの技術顧問よ。専門は荷電粒子魔法兵器。私も随分お世話になったわ」

 

「荷電粒子魔法兵器ということは……リーナのヘビー・メタル・バーストやブリオネイクを作ったのもその人?」

 

 

 小首を傾げて問う深雪に、リーナは両目を丸く見開きポカンと口を開けた。

 

「――たったあれだけの言葉で、何でそこまで分かるの!?」

 

「何でって言われても……そんなに難しい推理かしら?」

 

 

 何でもないことのように語る深雪に、リーナが大きくため息を吐く。

 

「頭がおかしいのは達也だけじゃなかったのね……」

 

「……ゴメンなさい、リーナ。良く聞こえなかったわ。もう一度言ってくれないかしら」

 

「ひっ!」

 

 

 思わず正直な感想を漏らしたリーナに、深雪はパウダースノーのように純白で、きらきらとして、柔らかく、さらさらと乾いた、冷たい笑みを向けた。自分を見詰めている深雪を見て、リーナは失言したと自覚し、罪悪感と恐怖ですくみ上る。

 

「お……」

 

「お?」

 

「お……」

 

「お、何かしら?」

 

「お……おかしなくらい頭の回転が速いのは達也だけじゃなかったのね、と言ったのよ」

 

 

 祈るような表情で、上目遣いにリーナが深雪の顔を窺う。深雪の笑顔が乾いた雪から瑞々しい花に変わった。

 

「まぁ! リーナったら。『おかしな』は、無いんじゃない? もっと他に言いようがあるでしょう」

 

「そこまで日本語が上達していないのよ」

 

「そういうこともあるのかもしれないわね」

 

 

 深雪のこの言葉を聞いて、リーナの両肩から力が抜ける。実のところ彼女は、今すぐソファの上で横になりたい程の脱力感を覚えていた。だがそんな真似をすれば深雪に怪しまれてしまう。せっかく何とか切り抜けたのに、とリーナは気力で耐えた。

 そんなリーナの葛藤には気付かず――あるいは、気付かぬふりで――、深雪は達也に目を向け直した。

 

「達也様。そんな大物が、恒星炉技術の為だけに来日するでしょうか。いえ、アメリカ政府が出国を認めるでしょうか?」

 

「その疑念はもっともだ。だがこの件に関しては、そこまで心配しなくても良いと思う」

 

「達也、何故信じてくれるの?」

 

 

 達也の答えに意外感を覚えたのは、深雪ではなくリーナだった。

 

「逆に大物過ぎるからだ。何か工作を仕掛けてくるなら、戦略級魔法の開発者みたいな重要人物を使うはずがない。コストパフォーマンスが悪すぎる」

 

「コストって……」

 

 

 人間をコスト計算の対象にする達也の思考法に、リーナは違和感を感じている様子だ。こういうところも、彼女は軍人に向いていないのだろう。

 

「これは想像だが、ステューアット博士は自分の知的好奇心を最優先するタイプではないか? ともすれば、自分の身の安全よりも」

 

「………うん、そう」

 

 

 リーナは目を泳がせ、最終的に歯切れ悪く頷いた。

 

「アビーはチョッと浮世離れしているところがあるから。……それにオタクだし」

 

「オタク?」

 

 

 今でも使われていることは使われているが、今世紀初頭程ポピュラーではなくなった単語に深雪が小首を傾げる。

 

「ギークじゃなくて?」

 

 

 この場面で深雪は「ギーク」を「先端テクノロジー偏愛者」の意味で使っている。スターズの顧問になる程の科学者なら、オタクはオタクでも技術オタクだろうとイメージしたのだ。

 

「少し違うんだけど……。深雪に絡んでくることは無いだろうから、その認識で良いわ。アビーが執着するのは、もっと幼い感じの子だし」

 

「……女の人なのよね?」

 

「ええ、二十二歳……いえ、もう二十三歳になったのかしら? とにかく、二十代前半のレディよ」

 

「それで幼い女の子が好きなの……?」

 

「あーっ、ロリコンとかじゃない……、のかな? ともかく、性的に不埒な真似をするわけじゃないからそこは安心して」

 

「そう?」

 

 

 深雪はそれ以上追及しなかった。彼女の顔を見れば納得していないと分かるが、これ以上問い詰めても、誰も幸せにならない気がしたのである。

 アビゲイル来日の裏に何があるのか、それとも純粋に恒星炉技術を見に来るだけなのかどうかは、彼女の性癖に関する話題の所為で有耶無耶になった。




科学者は変人が多いのか?

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