魔法協会で採決が強制終了された頃。
「……そうですか。ありがとうございました。……ええ、機会があれば是非ご一緒させてください」
寛いだ姿勢でクラシックな受話器を手に、音声のみの電話を受けていた真夜が優雅な手付きでその受話器を置いた。
「奥様、防衛大臣は何と?」
ティーカップを真夜の前に置いた葉山がこう尋ねたのは、彼の女主人が話したそうなそぶりを見せていたからだった。
「達也さんに対する政府の評価を、魔法協会に伝えてくださったそうよ」
「そうですか。それはようございましたな」
「政府も達也さんにへそを曲げられたくないのでしょうね」
「達也様が米国と接触したことは彼らも掴んでいるのでしょう。結ばれた協定の内容までは分からぬと思いますが、だからこそ余計に警戒しておるのでしょう。達也様が四葉家と共に日本を離れて米国につくかもしれないと」
「疑心暗鬼に囚われているのね」
真夜が人の悪い表情で失笑を漏らす。
「それで余計なことをしそうになった魔法協会に、慌てて釘を刺したというところかしら」
「御意」
「まぁ……達也さんにとっては、余計なお世話かもしれないけど」
「世の中には強者故の弱点というものもございます。達也様はご年齢より成熟されている方ですが、それでもまだ十八歳。ご本人が気付かぬところは、余計なお世話と言われようとも年長者が補うべきかと存じます」
真夜がクスッと笑う。今度は裏表のない笑顔だった。
「達也さんをその様に言えるのは葉山さんくらいではないかしら。あの子の至らぬところを見付けたら、是非フォローをお願いね」
「もちろんでございます」
葉山はあくまで恭しく、実直そのものな態度で頭を下げた。
深雪とリーナはエリカと別れた後、達也とは別行動で部活連本部に来ていた。
「……そうですか。交流戦にエリカが出場することについては問題ないのですね?」
「ええ、他校の了解が取れました」
深雪の言葉を五十嵐が肯定する。
「それどころか『ではうちも』と言って女子を出場させる学校が当校を含めて合計で五校に上りました」
「過半数ですか」
「当たり前かもしれませんが、女子も九校戦に出たかったんでしょうね……。あっ、すみません」
五十嵐が謝罪したのは、九校戦が達也の所為で中止になったという中傷が蔓延していたからだ。九校戦中止を惜しむのは、イコール達也を非難していると深雪に誤解されたかもしれないと考えたのだった。
「何がです?」
だがそれは、五十嵐の杞憂だった。ただし、深雪が九校戦中止に関する達也への中傷を忘れているのではない。達也が蔭口に曝されていたのは五月。あれからいろいろなことがあり過ぎて、もう気にならなくなっていたのだ。
五十嵐にはそこまで理解できていなかったが、とりあえず深雪が怒っていないと知ってホッと胸をなでおろす。
「それよりも、五十嵐君」
「はいっ、何でしょう!」
気を緩めた直後に名前を呼ばれて、五十嵐は鬼軍曹に怒鳴られた新兵のように背筋をピンと伸ばした。彼の過剰な反応に、深雪は小首を傾げる。
「女子選手出場に伴うルールはどうなりますか?」
しかし気にするまでもないと考えた深雪は、土曜日に達也からアドバイスされた点を尋ねた。
「ルールですか?」
五十嵐が質問の趣旨を理解できず聞き返す。
「大学でモノリス・コードに女子選手が出場する場合は、対物シールド魔法をプログラムした防御用武装デバイスが認められているはずです。少なくともプロテクターについては優遇する必要があるのではないでしょうか」
深雪は回答として、達也から指摘された内容をそのまま伝えた。
「あっ、そうですね……」
五十嵐の反応からするに、彼は大学のルールについて知っていたようだ。
「早速他校と協議してみます」
五十嵐がその言葉の通りテレビ会議システムに向かう。せっかちなその後ろ姿に深雪とリーナは顔を見合わせて、邪魔にならないよう部活連本部から出ていった。
「彼、深雪に対して苦手意識でもあるの?」
「どうして?」
部活連本部を出てすぐ、リーナは二人が会話している最中ずっと気になっていたことを尋ねた。
「だって深雪と彼は同級生でしょう? なのに終始向こうは敬語口調だったし、何だか緊張しているように見えたし」
「そうかしら? 彼は誰に対しても一定以上の礼儀を以て接していると思うのだけど?」
「それはそうかもしれないけど、深雪に対しては……何ていえばいいのかしら。怯えている……という感じではないけど、そんな雰囲気を感じるのよね」
「それは私が怖いと言っているのかしら?」
「だからそうじゃないって! でも何というか……そう! 四葉家の魔法師ということに怯えているのかもしれないわね!」
「彼も百家の一員よ? 今更四葉の名前に怯えるかしら?」
「深雪たちが思っている以上に、四葉のネームバリューは凄いんだから。いい意味でも、悪い意味でもね」
「そういうこと」
深雪は四葉家がどのような目で見られているか、ある程度知っている。だが実際に自分がその様な目で見られたことが無いので、リーナの説明には一定の説得力があると感じてしまった。一方でリーナは、何とか深雪を納得させられたと安堵の息を吐いていた。
誰も四葉の名前に逆らえない