会議室を出てすぐの廊下で、達也は声を掛けられた。
「司波」
「一条」
相手は一条将輝。彼は隣に少し年下の、アジア人だが日本人とは微妙に印象が異なる少女を連れていた。その少女に、達也は見覚えがあった。
「(劉麗蕾が何故、一条と一緒にいる?)」
将輝が連れている少女は大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾だった。達也の訝しげな視線に気付いた将輝が、軽い狼狽を見せる。
「いや、これはだな……」
「別に詮索するつもりは無いが」
達也のセリフに、将輝は安堵を露わにする。まるでやましいところがあると告白しているような態度に、達也は思わず「詮索しない」という前言を翻したくなった。実際に、翻すことはしなかったが。
「……司波はもう帰るのか?」
「ああ」
「少し、待っていてくれないか。彼女のことも含めて話をしたい」
達也は詮索しないと決めていたのに、どうやら将輝の方が事情を打ち明けたいようだ。
「分かった」
一条家長男が劉麗蕾を連れていることに対する疑問と興味は消えていない。向こうから話したいというなら、達也に断る理由は無い。将輝の申し出に、達也はほとんど迷わず頷いた。一方、将輝は達也が即答で頷くとは予想していなかったのだろう。
「すまない」
多少面食らった様子だったが、将輝は時間を無駄に費やすことなく達也に謝辞を述べて、劉麗蕾と二人で臨時師族会議が行われている会議室に入場した。
兵庫をヘリで待機させ、達也はホテルのティールームで将輝を待った。およそ半時間の後、将輝が姿を見せる。ここで待ち合わせをすると決めてはいなかったが、ロビーから一番目立つ店だ。長時間探し回るという羽目にはならなかったはずだ。
「司波、待たせたな」
その証拠と言えるかどうかは確かではないが、達也のテーブルに近づいた将輝は、「探したぞ」ではなく「待たせたな」と言った。型通りの挨拶なのかもしれないが、将輝の様子を見る限り、会議から解放されてすぐに達也の所へ来たのだろうと思われる。
「いや、案外早かったな。まずは座ったらどうだ」
達也に促されて、将輝と劉麗蕾が向かい側に腰を下ろす。その動作を見届けてから、達也が将輝に問いかける。
「それで、話というのは?」
「今日の会議のことだ。俺たちは戦略級魔法師管理条約の件で呼ばれたんだが」
そこまで喋ったところで、将輝はハッとした表情になった。
「――お前のことだから既に分かっているだろうが、この子は大亜連合の国家公認戦略級魔法師、劉麗蕾さんだ」
今更のように隣の少女を紹介する将輝に、達也は「知っている」と頷いた。
「先月の初め、新ソ連に敗北した責任を押し付けられそうになって日本に亡命した彼女を、訳あって一条家で預かっている」
将輝は続けて、劉麗蕾と一緒にいる理由を簡単に説明した。
「劉麗蕾です。レイラと呼んでください。将輝さんにはそう呼んでいただいています」
「司波達也です」
劉麗蕾の自己紹介に対して、達也は簡単に名乗り返した。素っ気なく名前を告げただけで、それ以上何も口にしない。
そして達也は、彼女にはまるで関心が無いという態度で――実際に、説明された事情以上の関心は、今は取り敢えずなかった――、すぐに視線を将輝に戻す。
「それで、戦略級魔法師管理条約だったか? 察するところ、非公認戦略級魔法師を強制的に政府で管理しようという企みのようだが」
達也の言葉に、将輝が軽く顔を顰める。
「企みという表現には悪意を感じるが、概略は司波の言う通りだ。お前もその話で呼ばれたんじゃないのか?」
「いや、別件だ。だが一条はその条約の件で呼ばれたようだな。レイラさんと一緒にいるのも納得だ」
達也の応えに、将輝は意外感を露わにした。
「俺たちとは別件……? 条約の話も聞かなかったのか?」
「非公認戦略級魔法師も国家公認戦略級魔法師と同様に、政府の管理に従うべきだという意見は聞いたが、その条約の話は出なかった」
「何故だ……? お前も戦略級魔法師だろう?」
「俺は一週間前の戦いの後始末について聞かれただけだ」
達也は将輝の質問に答えなかった。彼がマテリアル・バーストの術者であることは今日の会議で一条剛毅にも知られているのだから、隠す必要は無いかもしれない。だが大亜連合軍人である劉麗蕾の前で、自分が二年前の大破壊を引き起こしたのだと認める気にはなれなかった。
「それで一条は何を聞かれたんだ? その条約を受け容れるかどうか尋ねられたのか?」
「いや、実は先月の内に、俺は条約の事を聞いていたんだ」
「そうか。俺は戦略級魔法師管理条約とやらの中身を知らない。良ければ教えてもらえるか」
達也のリクエストに将輝は「ああ、いいぞ」と頷き、二週間前に佐伯から聞いた内容を正確に伝えた。
「……その内容でよく頷く気になったな」
将輝の説明を聞き終えた達也は、呆れ声でそう言った。
「別におかしな所は無いと思うが。戦略級魔法が実質的に政府の管理下にあるのは今も変わらないだろう?」
達也の批判に、将輝は強い口調で反論する。達也は対照的に抑えた声で将輝に尋ねた。
「その条約案は佐伯少将の発案じゃないか?」
達也の質問の意図が分からず、将輝は数秒固まってしまった。
将輝の思考が一般高校生っぽいのかは兎も角、達也は高校生らしくないな