劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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詰られたところで……


達也への詰問

 達也が目だけで室内を確認しているのなど気にせず、一人の当主が口を開いた。

 

「それでは、臨時師族会議を開始する」

 

 

 地元だからだろうか、一条剛毅が開会を告げた。だが、議長というわけではないようだ。

 

「早速だが、司波殿にお訊ねしたい」

 

 

 真っ先に発言したのも、一条剛毅だった。

 

「お待ちください、一条殿。司波殿はまだ座ってもいない。彼は被告ではなく、我々も裁判官ではありません。まずは腰を下ろしてもらうのが先でしょう」

 

 

 剛毅に制止の言葉を投げたのは克人だった。彼はそのまま達也に向き直り、「司波殿」と声を掛けた。

 

「どうぞ、御着席ください」

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 

 

 達也は克人にだけ一礼して腰を下ろす。それを見届けて、克人も席に着いた。

 

「司波殿、よろしいか」

 

 

 セリフを中断させられていた剛毅が、眉間に皺を寄せたまま威圧的な強い口調で達也に呼び掛ける。

 

「はい。ご質問をどうぞ」

 

 

 達也は剛毅に顔を向け、背筋をピンと伸ばしたまま続きを促した。一時的に剛毅を無視した格好になったことへの謝罪は無い。その態度が気に入らなかったのだろう。剛毅はあからさまな喧嘩腰で達也に詰問する。

 

「一週間前の件だ。あれはいったい、どういうつもりだ?」

 

「一週間前? 今月四日の件でしたら、不当な武力攻撃に対して反撃しただけですが」

 

「そういうことではない」

 

「反撃してはいけませんでしたか? 自衛の為の武力行使が、認められないと仰る?」

 

「そんなことは言っていない!」

 

「ではUSNAの侵攻部隊を退け、新ソ連の基地を破壊し、ベゾブラゾフを抹殺したことに問題はなかったのですね?」

 

「当然だ! 国防は魔法師の義務ですらある!」

 

「ありがとうございます」

 

「……何がだ?」

 

 

 まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだろう。剛毅は間の抜けた声で達也に問い返す。剛毅以外の当主も――真夜を除く――このタイミングでのお礼の真意を問う様な視線を達也に向けている。

 

「私の行動をご理解いただいたことに対してです。戦闘終結後に発信したメッセージも国防の為のものです。あの時点で、巳焼島とその周辺海域、日本の領土と領海だけでなく新ソ連の主権下にある領土に攻撃を仕掛けたことを正当化しておく必要がありました。さもなくば、ビロビジャン基地に対する攻撃とベゾブラゾフの抹殺は日本による非正規攻撃である、と難癖をつけられる恐れが拭い去れませんでした」

 

「……その懸念を払拭する為に先手を打ったというのか?」

 

「ああ言っておけば、最悪でも新ソ連やそれに与する勢力の矛先は私個人に向くと考えました」

 

「ムッ……。いや、しかし……」

 

 

 剛毅が思わず、他家の当主たちの顔を見回す。それが助け船を求める仕草だと、剛毅自身は意識していない。

 

「司波殿、一つ疑問があります」

 

 

 剛毅の視線に応えたのは七草弘一だった。……もしかしたら「応えた」と言うより「便乗した」と表現するほうが正しいかもしれない。

 

「反撃の正当性を示す為ならば、国防軍を通じて各国政府に通達する形でも良かったのではありませんか? 司波殿が目立つ真似をする必要は無かったのでは?」

 

 

 弘一の指摘は分かり切った言い掛かりだった。そもそも国防軍が動こうとしなかったから達也や深雪が奮闘しなければならなかったのだ。完全に達也の独断で行った新ソ連のミサイル基地に対する反撃を国防軍がフォローするとは考え難かった。ミサイル基地破壊およびベゾブラゾフ暗殺に日本政府は関わっていないと白を切る展開が容易に想像できる。

 

「七草殿の御指摘は次回の参考にさせていただきます」

 

 

 しかし達也は反論しなかった。彼の人を喰った回答に、海千山千の弘一が「なっ……」と一瞬顔色を変え、次の瞬間表情を消して口を噤む。

 

「その言い草は何だ!」

 

「一条殿、落ちついてください」

 

 

 弘一の代わりに剛毅が激する。だが彼に言葉を返したのは達也ではなく、ちょうど向かい合う席に座っている八代雷蔵だった。

 

「司波殿は何も間違ったことは言っていない。あの世界中に対する自衛宣言は、既に起こったこと。要するに済んだことです。代替案を提示されても、次の類似するケースの参考にするしかないでしょう。似たようなケースがあれば、ですがね」

 

 

 雷蔵はうんざりした表情を隠さずに剛毅に向けてそう言い、最後に皮肉な口調で付け加えた。剛毅が顔を赤くして黙り込む。実を言えば弘一が口を噤んだのは、雷蔵が口にした論法に自分で気付いたからだった。

 

「国家公認戦略級魔法師は公職ではないが、その力は政府の決定によって振るわれる。謂わば軍と同じ、国家の一機関と言える」

 

 

 当主同士のギスギスした雰囲気を何とかしよと考えたのか、三矢元がいきなり話題を変えた。

 

「その影響の大きさを考えれば、公認されていない戦略級魔法師も在り方は同じであるべきだ。魔法師はただでさえ恐れられる存在。戦略級魔法師はその最たるものと言える。戦略級魔法師が公権力の制御下に無いと分かれば、たとえ恐怖が誤解に基づくものであっても、魔法師排除を叫ぶ声は一層力を増すだろう。しかるに今回、司波殿は民間の魔法師が国家に匹敵する軍事的な力を所有していると世界に示してしまった。言い換えれば、魔法師は政府が制圧できない暴力を振るうことができるのだと証明してしまった」

 

 

 自身に向けられる険しい視線の意味を、達也は理解していた。彼らは達也の所為で、人々が魔法師を手に負えない危険な怪物だと見做すようになったと考えているのだ。その結果魔法師が今まで以上に迫害の対象になると恐れている。




この程度で達也が大人しくなるはずはないと分からないのだろうか

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