劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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未来編終了


未だ来たらず

 リーナが引き攣った表情を見せていることに対して達也は何の反応も示さず、浮かべていた笑みを消して淡々と告げる。

 

「協力の意思が偽りではない証に、アンジェリーナ・シールズ中佐を協力者として無償無期限で貸し出す、と書かれているぞ」

 

「何ですってぇ!?」

 

 

 絶叫した後、リーナは固まってしまう。

 

「凄いな。リーナは中佐に昇進したのか」

 

「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

 

 

 しかしすぐに、焦った顔で反論を始めた。

 

「私、ちゃんとスターズを辞めてきたのよ! 退役届だって受け取ってもらったわ!」

 

「だからアンジー・シリウス少佐ではなく、アンジェリーナ・シールズ中佐なんだろう」

 

「そんな……詐欺よ! それにもう、私はアンジー・シリウスでもアンジェリーナ・クドウ・シールズでもなく、九島リーナなのよ!」

 

 

 絶句するリーナの呆然とした表情に、達也が「フッ……」と小さく笑い声を漏らした。

 

「……わざわざ無期限と書いているんだ。向こうもリーナがアメリカ軍に戻ってくるとは考えていないだろう。ただ亡命されたのでは体裁が悪いから、レンタルということにしたんじゃないか?」

 

「そういうことなら……って、私は品物じゃないわよ!」

 

 

 ホッとしたり怒ったり、兎に角リーナは忙しい。

 

「あと、恒星炉プロジェクトのスポンサーになりたいとも書かれているな」

 

 とりあえずリーナは好きにエキサイトさせておくことにして、達也は次の、無視できないポイントに話を移した。

 

 

「スポンサー、ですか?」

 

 

 憤慨するリーナをよそに、深雪が次の話題に反応を見せる。これは深雪がリーナのことが手に負えないと思ったからではなく、純粋にそちらに興味が向いたからである。

 

「資金を出す代わりに技術を提供しろ……ということでしょうか」

 

「多分、そうだろう。こちらとしては、最初から技術提供を予定していたんだがな。まぁ、資金は幾らあっても多すぎるということは無い。出資してくれるというなら、ありがたく貰っておこう」

 

 

 そこで達也は、リーナを放置するのを止めて彼女に目を向けた。

 

「ところでリーナ、返事はどうすれば良い?」

 

 

 リーナはパチパチと数度瞬きをして、一人相撲の世界から戻ってきた。

 

「……えっと、返事よね? 出来れば今日中にお願い出来るかしら。明日、東京に来ている国防長官に届けることになっているの」

 

「分かった。この内容なら本家に相談する必要もない。すぐに書こう」

 

 

 達也はクラシックな万年筆を引出しから取り出して、態々親書に同封してあった便箋に肉筆で返事を認め始めた。その傍らで、達也の邪魔にならないよう声を低くして深雪がリーナに話しかける。

 

「それにしてもリーナ、軍は良かったの? あれだけ悩んでたようだったのに」

 

 

 深雪が念頭に置いていたのは、去年の冬のパラサイトの集合体を斃した後のことだ。リーナもそのことを忘れていなかったのか、すぐさま深雪の問いに答える。

 

「まぁね。あれからいろいろと考えさせられたし……まだティーンエイジャーなのにやりたくもないことを『やりたくない』って心の奥底で思いながら、自分の本音から目を逸らし、無理して続けるなんて間違ってるんじゃないかと気付いたのよ。それに気付けたのは貴女たちのお陰よ。感謝している」

 

「決心したのは貴女よ、リーナ。心理的なものだけでも、スターズ総隊長のしがらみを振り解くのは大変だったでしょう。本当に、思い切ったわね」

 

 

 リーナが目を逸らし、露骨な照れ隠しの口調で「私のことより」と言う。

 

「思い切ったと言えば、達也よ」

 

 

 それに続くセリフが、深雪の顔から笑みを奪った。深雪から目を逸らしているリーナは、その変化に気付いていない。

 

「あんな声明を出すなんて、これからの達也は大変よ。今や、世界中が達也を意識している。意識せずにはいられなくなっている。達也が注目される度合いは、シリウスの比じゃないでしょうね、きっと……深雪? ちょっとどうしたの!?」

 

 

 深雪の顔から血の気が引き、微かに震えているのに気付いたリーナが、狼狽した声を掛けた。

 

「な――」

 

「俺が」

 

 

 深雪が「なんでもない」と言い掛け、そこに達也がセリフを被せた。

 

「自分で決めたことだ。深雪が気に病む必要は無い」

 

「――はい」

 

 

 顔を上げず、万年筆を動かしながら淡々とした口調で続ける達也に、深雪は反論しようとして、止めた。無理矢理、笑みを作った。自分が嘆くのは間違っている。それは達也の決意を侮辱し蔑ろにする行為だと、彼女には分かってしまったのだ。

 達也が世界に送ったメッセージにより、深雪の戦略級魔法『氷河期』の存在は有耶無耶になった。とりあえず深雪に戦略級魔法師の役目が押し付けられることは、彼女が兵器としての役割を強制される未来は、遠ざけられた。

 だがその代償は大きい。達也は今や世界にとって、一人の魔法師、一人の個人ではなく、抑止力という力そのものになった。

 達也が軍事力として機能することを求められない未来。彼が兵器であることを強要されない未来は、絶望的に、遠ざかった。

 達也と深雪、二人にとっての理想である、人として当たり前の未来は、未だ、見えない。未来は、未だ、来たらず。




むしろアンジー・シリウスと比べるのも失礼なレベルだろ

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