劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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素直に負けを認めていれば……


ベゾブラゾフの最期

 だがもう、そんな甘いことは言っていられない。もしかしたら今より過酷な未来を招く結果になるかもしれないが、自分の為にも深雪の為にも、ベゾブラゾフとの因縁は断ち切らなければならない。達也はそう、覚悟を決めた。

 

「(研究所の魔法的防御状態に関する情報を取得。ベゾブラゾフ本人の魔法的防御状態に関する情報を取得――個人用領域干渉存在せず)」

 

 

 彼はCADをホルスターに戻して、右腕を北北西、ベゾブラゾフのいる方角へ向けた。これから行う攻撃には『シルバー・ホーン』よりもスーツ内蔵の思考操作型CADの方が適していると、観測の結果判明したからだ。

 達也は伸ばした右手を、拳を見せつけるように堅く握り込んでいる。

 

「(領域干渉分解魔法式、構築――完了)」

 

 

 握っていた右手の、人差し指を伸ばす。まるで「一」とカウントするように。およそ一千七百キロの距離を超えて、情報体分解の魔法が発動。ベゾブラゾフの研究所を取り巻いていた領域干渉フィールドが消失する。

 

「(情報強化分解魔法式、構築――完了)」

 

 

 人差し指を伸ばしたまま、右手の中指を立てる。情報強化を無力化する魔法が発動。研究所の屋根や壁、全ての構造材が魔法的攻撃に対して、むき出しになる。

 

「(建物構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

 

 右手の薬指を伸ばす。立っている指は、三本。物質分解の魔法が発動し、一千七百キロの彼方で天文台のような形をした研究所が、立ち込める粉塵の中、跡形もなく消え去った。

 

「(CAD構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

 

 四本目は小指だ。物質分解魔法が発動。ベゾブラゾフが潜り込んでいる大型CADが、研究所同様微塵と化す。

 

「(個人用情報強化分解魔法式、構築)」

 

 

 親指を立てる。達也の右手は、五本の指が全て伸ばされている状態になった。発動した情報体分解魔法により、ベゾブラゾフの全身を守っていた情報強化が剥がれ落ちる。

 

「(肉体構造情報分解魔法式、構築――完了)」

 

 

 達也は右手を、再び強く握り込んだ。まるで、目に見えない何かを握りつぶすように。『雲散霧消』が、ベゾブラゾフの肉体を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベゾブラゾフの個人用研究所の、魔法的防御が消える。研究所の屋根が、壁が、全ての構造物と設備と什器が砂と化して崩れる。彼が潜り込んでいた大型CADが、筐体もコンソールも電子回路も、全てが輪郭を失って崩れ落ちる。

 この段階になって、ベゾブラゾフはようやく異変に気付いた。だが異変を認識した直後、稼働中のCADとの接続を無理矢理断たれた影響で、精神に強い衝撃を受けてしまう。意識が不確かになり、苦痛も絶望も覚えなくなっていたのは、おそらく彼にとって幸いだっただろう。ベゾブラゾフの肉体は衣服ごと境界が曖昧になり、形が歪み、色が薄れ拡散して、一瞬だけ燃え上がった小さな儚い炎と共に、この世から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベゾブラゾフを抹殺しても、戦闘はまだ終わっていない。島に上陸したパラサイトも片付けなければならないが、達也の中でそれよりも優先度が高いのは、ミサイル攻撃を仕掛けてきた新ソ連の基地と潜水艦だ。どちらも達也でなければ対処は難しいだろう。反撃しないという選択肢は無い。泣き寝入りは更なる蹂躙を招く。尊厳を守れるのは自分だけ。これは、個人も国家も同じだ。

 彼は再び『シルバー・ホーン』を手に取った。ベゾブラゾフのような極めて強い魔法力を備えている相手でなければ、長距離魔法狙撃は「銃」の形をしたCADの方がイメージし易い。達也は後ろへ――南へ振り返った。潜水艦が南の海中に潜んでいることは、艦対地ミサイルの軌道で分かっている。潜水艦がミサイルを発射してから、まだ五分も経っていない。そう遠くへ行っていないはずだ。

 

「(――艦名『クトゥーゾフ』。巳焼島南方四十キロ、水深五メートル。現在、停止中)」

 

 

 潜水艦『クトゥーゾフ』はミサイルを発射した場所から動いていなかった。達也が懸念した通り、第二波を予定しているのだろうか。それとも、戦果を観測するよう命じられているのだろうか。どちらにしても接続水域内に止まって留まっているのは、達也にとって好都合だった。

 

「(潜水艦構造情報を取得)」

 

 

 達也は潜水艦の構造を、特に推進器に注目して調べた。『クトゥーゾフ』の推進器は非電磁型ウォータージェット。現代の軍事艦艇は電磁推進機関が主流になっているが、あえて非電磁型を採用しているのは磁器探知対策だろうか。理由は兎も角、機械的な可動部が多い推進器が使われているのは歓迎すべきところだ――壊す方としては。

 

「(分解レベル、交換可能部品)」

 

 

 最初から交換が可能なように作られている部品を取り外すのは、分解魔法の中では難度が低く負担が小さい。達也は『シルバー・ホーン』の引き金を引いた。

 『クトゥーゾフ』の推進機関で大規模な破損が生じる。艦体に致命的なダメージを与えるものではないが、水中での修理は不可能なレベルだ。このままでは海中で立ち往生。原子力機関を搭載していない『クトゥーゾフ』は、海水から酸素を製造する装置を搭載していない。いずれ艦内の酸素が尽きてクルーは全滅だ。『クトゥーゾフ』はもう、浮上するしかなかった。




頭脳でも戦闘でも完全敗北しなくて済んだのに

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