劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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開発者としては仕方が無いのかも


ベゾブラゾフの憤り

 達也が考えた通り、ベゾブラゾフは『氷河期』の発動を感知した。

 

「(まただ! また盗まれた!)」

 

 

 だが彼が怒り狂っているポイントは達也の推測とは少し違っていた。ベゾブラゾフは、自分が創り上げた魔法『トゥマーン・ボンバ』の一部が使われていることに憤っていた。

 達也が(個人的に)チェイン・キャストと呼んでいる魔法式連鎖展開システムは、ベゾブラゾフにとっては独自の技術ではなくあくまでも『トゥマーン・ボンバ』の一部でしかない。彼にしてみれば一条将輝が使った『海爆』も深雪の『氷河期』も『トゥマーン・ボンバ』のプロセスを盗用した魔法だ。

 軍事用に開発された魔法が公開されることは無いから、特許権のような知的財産権も無い。魔法のプロセスを、一部どころか全部流用されても権利侵害を主張できるものではない。だが感情は別問題だ。

 法的に守られた権利が無いからといって、自分のオリジナルを勝手に使われれば面白いはずはない。無断使用したものが憎き敵ならば尚更だ。

 元々ベゾブラゾフは七月三十日の段階で、クラークの巳焼島奇襲作戦に介入するつもりだった。いや、「介入」というより「便乗」と表現する方が妥当かもしれない。どれだけ不意を打とうとも、単に魔法を撃ち込むだけでは司波達也に通用しない。認めるのは癪に障るが、事実から目を背けるわけにはいかなかった。これ以上の敗北は、彼の矜持が許さない。今度こそ確実に司波達也を仕留めると、ベゾブラゾフは心に決めていた。

 不意打ちが通用しない理由を、自分の魔法の波動を覚えられてしまったからだとベゾブラゾフは推測していた。伊豆に打ち込んだ奇襲の初撃を防いだのは、司波達也ではなかった。だが第二撃以降は『トゥマーン・ボンバ』が完成する前に、手痛いカウンターを喰らった。おそらく魔法には、それを発動した魔法師に固有の波形のようなものがあって、司波達也はそれを見分けられるのだろう。ベゾブラゾフはそう考えた。――ならば、強力な魔法が飛び交う様な戦場で、他に緊急の対応をしなければならないような状況を創り上げれば、奇襲を察知されること無く司波達也を抹殺できるのではないか。それがベゾブラゾフの出した結論だった。このアイデアに従って、彼は虎視眈々と機会を狙っていたのだ。

 そこに『トゥマーン・ボンバ』の技術を使った大魔法だ。激しい怒りを覚える一方で「チャンスだ!」とベゾブラゾフの心は叫んでいた。

 ベゾブラゾフは、前以て準備したプランを実行するよう軍司令部に要請した。東シベリア軍司令部が発した命令に従い、ハバロフスクの西百五十キロに位置するビロビジャンミサイル基地から極超音速ミサイルが発射された。標的は巳焼島。速度はマッハ二十を超え、着弾まで、五分足らず。

 日本の国防軍はミサイルの発射を探知したが、途中で着弾予想地点が判明するや、迎撃を諦めた。現代の技術でも極超音速ミサイルの撃墜が成功する可能性は五十パーセント程度。本州に落下しないと判明した時点で、国防軍は無理に撃墜するより領海に落下させて外交材料にする方が得策だと計算したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ビロビジャンミサイル基地が極超音速ミサイルを発射した三分後、今度は巳焼島南方四十キロの海中に潜んでいた『クトゥーゾフ』が深度五メートルまで浮上し、艦対地ミサイルを次々と発射した。『クトゥーゾフ』は新ソ連の最新鋭ミサイル潜水艦だ。もっと深い深度からもミサイルを発射できるのだが、今回は秘匿性よりも確実性を重視して低深度・短距離の攻撃が選択された。発射されたミサイルは六発。最終的にマッハ二まで加速され、巳焼島の西岸に着弾するまで、約一分半。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は『精霊の眼』のキャパシティの半分を常時、深雪に迫る脅威の監視に割り当てている。深雪を害する可能性がある物質的な現象、魔法的な兆候が対象だ。予知ではないから空間的な距離を飛び越えて突如顕在化する遠隔魔法は直前まで察知できないこともあるが、物理的な空間を連続的に移動してくる物体や現象ならば、それが深雪に向かって移動を開始した時点でほぼ確実に把握可能だ。

 今も達也は、ビロビジャン基地の極超音速ミサイルも、潜水艦『クトゥーゾフ』の艦対地ミサイルも、それが発射された時点で認識していた。彼が巳焼島に向けられたミサイルを発射直後に破壊しなかったのは、ギリギリまで待つべきだと感じたからだった。

 具体的な根拠のない、単なる直感だ。ギリギリでも間に合うという自信があるから可能だった、一種の賭けだとも言える。

 もっとも、「待った」と言うほど時間に余裕はなかった。ミサイルが島の上空に迫る。

 

「(限界か)」

 

 

 達也は『シルバー・ホーン』を抜かずに、スーツ内蔵のCADを使って『分解』を発動した。素手で照準のイメージを補完することもない。純粋に魔法的な知覚だけで狙いを付ける。

 まず六発の艦対地ミサイルを元素レベルに分解。すかさず、極超音速ミサイルに魔法の狙いを付ける。通常兵器体系の迎撃システムでは追尾することも困難なミサイルだが、「極超音速ミサイル」という情報に照準を合わせている達也にとっては固定目標と変わらない。

 艦対地ミサイル同様、こちらのミサイルも核ミサイルではなかった。化学兵器、生物兵器他、核以外の有害な元素も含まれていない。巳焼島を狙ったミサイルは全て、島の上空に到着する直前で粉微塵――仏教的な意味での「微塵」に近いレベルの微粒子に分解された。




対抗手段がさすがとしか……

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