辺り一帯の地面の密度を低下させることで、溶岩原を構成する玄武岩を風化させたのである。機動力が低下したリゲルとベラトリックスに、勝成直属の魔法師――新発田家精鋭の多彩な攻撃魔法が殺到する。如何にスターズの恒星級隊員とはいえど、この攻撃を全て防ぐことは不可能だった。
積み重なるダメージに、まずベラトリックスが砂原となった地面に崩れ落ち、続いてリゲルが両膝を突く。止めを刺したのは勝成の魔法だ。パラサイトの身体はますます密度を減らした砂の中に呑み込まれ、その直後、密度を回復した玄武岩に押しつぶされた。
「えげつねぇ……。まるで蟻地獄じゃねぇか」
勝成がパラサイトに止めを刺す映像を見たレオが、げんなりした表情で呆れ声を漏らす。「呆れ声」で済んだのは、彼が人一倍、豪胆だからだろう。同じ映像を見せられた幹比古は吐きそうな顔をしているし、エリカでさえも顔の色が真っ青になっている。
ディスプレイの映像は、そこで別の戦場に切り替わった。口を両手で押さえて何とか粗相を免れた幹比古が、ふと気になったという顔を水波に向ける。
「そういえば、パラサイトの本体はどうなっているんだろう? 肉体を破壊した後に抜け出してくる本体を封じなければ、本当に斃したことにはならないはずだよ」
「パラサイトの本体は達也さまが処分されています」
幹比古の質問に、水波は事実を隠さず答えた。
「ああ、封玉か。そうだね、あの魔法なら大丈夫か」
「封玉?」
「封玉って?」
レオとエリカが上げた疑問の声に幹比古が対応している傍ら、水波は沈黙を守っていた。彼女は誰がパラサイトに対処しているかについては正直に答えたが、どうやって対処しているかについては、本家から命令された通り説明しなかった。
「(吉田先輩が中途半端に事情を知っていて助かりました。そうでなければ、どう説明すれば良いのか分かりませんでしたし)」
『アストラル・ディスパージョン』のことは秘密にするよう厳命されているが、先程のような質問にどう対処すべきかは指示されていない。なので水波は幹比古が達也が『アストラル・ディスパージョン』を開発する前に封印手段として編み出していた封玉のことを知っていて――開発に幹比古が関わっていたことは知っていたが――助かったと心の中で安堵したのだった。
「――ですよね、桜井さん」
「どのような手段で達也さまがパラサイトを処分しているのか聞かされておりませんが、吉田先輩が開発に携わったのなら、その魔法を使われているのではないでしょうか」
「携わるって程じゃないよ。僕はただ、精霊を暴走させて達也に封印させていただけだから」
水波におだてられて幹比古は気付けなかったが、エリカとレオは水波が何かを隠してるような雰囲気を感じ取っていたが、それが何か分からなかったので追及はしてこなかった。
午前九時三十分。巳焼島では激戦が続いていたが、海上でも変化があった。島の東三十キロに停泊していた駆逐艦『ハル』と西三十キロ地点で停泊した駆逐艦『ロス』の上空に、巨大な水素プラズマの塊が出現したのである。言うまでもなく、自然現象ではない。二人の魔法師が作り出した人為的な現象だ。東のプラズマを作り出した魔法師の名はミゲル・ディアス。西の魔法師がアントニオ・ディアス。二人は一卵性の双子だった。
瓜二つの兄弟が紡ぎ出した魔法は、まだ完成していない。いったん直径五十メートルまで成長したプラズマの雲が数秒で直径五メートルまで縮小、いや、圧縮される。
完全な球形に圧し縮められたプラズマ雲は、全く同時に同じ速度で疾走を始めた。駆逐艦『ハル』上空のプラズマ雲は西に。駆逐艦『ロス』上空のプラズマ雲は東に。二つのプラズマ雲は、音速の十倍以上のスピードで正面衝突のコースを突き進む。
達也が東西の海上で発生した魔法を認識したのは、パラサイト本体の掃討が偶々一段落したタイミングだった。
「(高密度の水素プラズマを巳焼島上空で衝突させようとしている? 衝突まで約六秒。この速度で衝突しても核融合は起こらないが、衝突のタイミングで東西から圧力をかけ続ければ話は変わる。これは……シンクロライナー・フュージョンか!?)」
ここまでの思考時間、約一秒。衝突まで残り五秒。詳細な爆発力を推算している時間は無かったが、ブラジルの使用例から考えて、少なくともTNT換算数キロトン、可能性としては数十キロトンに達するかもしれない。達也は迷わず『術式解散』による無効化を決断した。
「(魔法の構成要素はプラズマ化、拡散防止、移動。移動の方向だけが逆転した、全く同じ二つの魔法式が使われている)」
――第一段階、無効化する魔法式の解析。
「(この魔法の性質から考えて、どちらか一方の魔法式を消去すれば魔法発動は阻止できる。だがここは、両方の魔法式を消す)」
――第二段階、無効化する魔法式を照準。そして、最終段階。
「(術式解散、発動)」
その瞬間、巳焼島東西上空を超音速で飛行中の発光体が霧散した。……これは余談だが、伊豆諸島海域を衛星で観測中の気象台では、時ならぬUFO騒動が持ち上がっていた。
相変わらずの分析力