不思議そうに特化型CADを眺めている深雪に、達也は説明を続ける。
「そのCADには、チェイン・キャストを利用した超広域冷却魔法『
「グレイシャル・エイジ……。もしかして、新しい魔法ですか?」
耳慣れない魔法の名称に、深雪が目を丸くした。
「ぶっつけ本番になってしまうが、魔法自体はニブルヘイムをチェイン・キャストでさらに広域化したものだから発動に伴うリスクはないはずだ。万一の場合に備えて起動式にはリミッターを組み込んであるから、魔法演算領域に過剰な負荷が掛かる恐れはない。リミッターの効果は、俺自身で検証済みだ」
この説明を聞いて、深雪がますます目を見開いた。
「ご自分でテストなど……危なくは無かったのですか?」
「お前の為だ。どれ程のリスクがあろうと、万全を期すさ」
「達也様……」
深雪の目が潤む。だがそんな場合ではないと堪えたのだろう。感涙は、零れなかった。
「ただニブルヘイムを使うよりその拡張バージョンである『
「かしこまりました。達也様の隣で、見事その役目を果たしてみせます」
深雪が勇ましく宣言する。しかし達也はそのセリフに頷くのではなく、水を掛けるフレーズを口にした。
「いや、待ってくれ。お前には敵に姿を見られないよう、指令室から魔法を使って欲しい」
「……何故ですか?」
何が気に入らなかったのか、深雪は達也に不満げな目を向けている。彼女としたら、達也の隣で戦える絶好の機会だと思っていたのに、その達也からストップをかけられてしまい肩透かしを喰った気分だったのだろう。
「お前が『
強い口調でそう言い聞かせられても、深雪はまだ納得しなかった。
「達也様は私を戦いの場に立たせたくないと仰いましたが、私の想いは逆です。私は、守られるばかりの女の子にはなりたくありません。達也様の背中にかばわれるのではなく、達也様の隣に立ちたいのです」
達也を見詰める深雪の双眸には不退転の意志が宿っている。第三者がこの場に立ち会っていたなら、達也であっても説得は困難ではないかと考えただろう。
「参ったな……」
現に達也は、本気で――あるいは、本気に見える――ため息を漏らしていた。
「深雪。俺はお前を、無力な女の子だなど考えたことは無い。その証拠に今回の作戦も新魔法も、お前の力がなければ成算以前に考案すらされなかったものだ」
「………」
達也のセリフが全くの予想外だったのか、深雪は気勢を殺がれた様子だ。どう反応すれば良いのか分からずに、言葉を失っている。
「俺はお前に、後ろから背中を支えてもらいたいんだがな……。深雪が背後にいてくれるから、俺は何者をも、世界を破壊させることが可能な自分自身の力をさえも、恐れずに済んでいる」
「あ、あの……」
「これからもお前は俺を支え続けてくれると思っていたのだが……、俺の勝手な思い込みだったのか」
「決して、その様なことはございません!」
達也が本気で残念そうな声音で話しているのに気付き、深雪は慌てて達也の嘆きを否定した。
「私はこれからも達也様のお背中を支え続けます!」
彼女は自分が自家撞着を起こしていると、果たして自覚していたかどうか。
「ありがとう、深雪。では明日も後方からの支援を頼む」
「お任せください!」
「頼りにしている」
「はいっ!」
多分深雪は、自分が丸め込まれたことにも気付いていなかった。
「達也様、私はグラスを片付けて部屋に戻ろうと思います」
「そうだね。俺もそろそろ部屋に戻るつもりだ」
「明日に備えるのですね。では達也様、お休みなさいませ」
「ああ、お休み」
意気揚々と自分の部屋に戻っていく深雪。恐らく達也に頼られたことで気分を良くしているのだろう。達也は自虐的な笑みを浮かべながら――深雪には気付かれずに――その背中を見送りため息を吐いた。
「勘違いするように話していたが、ここまで簡単に丸め込めるとは思っていなかった。」
自分の言葉だから騙されてくれたのだろうと分かっていながらも、達也はもう少し深雪に人を疑うように言うべきなのだろうかと本気で頭を悩ませたのだった。
西暦二〇九八年八月四日。この日世界は、再び魔法の力を思い知る。一人の魔法師が大国すらも圧倒する、その力を。
八月四日午前八時。USNAの強襲揚陸艦『グアム』が巳焼島沖合二十四海里のラインを通過した。『グアム』はそのまま西に進んだが、同行していた駆逐艦二隻の内『ハル』は速度を落とし『ロス』は逆に速度を上げて進路を南西に変えた。二隻の駆逐艦を強襲揚陸艦の護衛艦と認識していた日本の国防軍はこの動きに戸惑い、USNA艦が巳焼島の攻撃を意図していると言うのは誤解だったのではないかと言う声も上がった。
深雪だから丸め込まれる