劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

2206 / 2283
強い意思を持っているから


深雪の覚悟

 八月三日、夜。エリカ、レオ、幹比古を交えた晩餐の片付けも終わり、水波も自分の部屋に戻って、深雪は達也と二人きりの時を迎えた。リビングで達也の隣に座ってティータイムを楽しむ。今夜のお茶は、深雪が自分で淹れたアイスハーブティー。自分が供したお茶に、達也が満足げな笑みを浮かべる。深雪にとっては、至福の一時だった。

 

「(水波ちゃんが気を利かせてくれたお陰で、達也様と二人きりの時間を過ごせるなんて、明日USNAの艦船が攻めてくるなんて信じられないくらい幸せな時間ね)」

 

 

 深雪がチラと隣を窺う。ちょうどガラスのカップを傾けていた達也は、期待通りの笑みを浮かべていた。自分の顔が笑み崩れそうになっているのを自覚して、深雪は出来るだけさりげない仕草で下を向いた。そのままお揃いのカップに口をつける。

 

「(あまりだらしなく笑っているのを達也様に見られるのは、さすがに避けた方が良いわよね……達也様なら、そんなことを気にすることなど無いのかもしれないけども、私が恥ずかしいもの)」

 

 

 リラックス効果のあるハーブティーで気持ちを落ち着け、ホッと息を吐いた深雪は、隣から強い眼差しが注がれているのに気付いた。思わず、身を固くする深雪。だが、その眼差しに色っぽい感情は含まれていないと覚る。彼女は恐る恐る、達也へ振り向いた。達也と目が合う。彼の視線は怖いくらいに真剣で、何か深刻な事態を予感させるものだった。

 

「深雪」

 

「はい、達也様」

 

「お前を戦場に立たせるのは、俺の本意ではない。本来であればガーディアンとしてもフィアンセとしても、避けねばならないことだと思う。だが、明日はお前の力を貸して欲しい」

 

 

 達也が深雪に対して自分から「フィアンセ」の立場を口にするのは珍しい。深雪はそのフレーズで意識が飛びそうになったが、助力を請われていると認識して、ふわふわした気分は吹き飛んだ。

 

「何をすればよろしいのでしょうか」

 

「明日、USNAの軍艦が攻めてくるのは昼に話した通りだが、襲ってくるのはそれだけではない。ベゾブラゾフが、クラークの企みに便乗して手を出してくると思う」

 

「新ソ連のベゾブラゾフが、ですか?」

 

 ベゾブラゾフの名前は、深雪にとってもいいイメージは無い。水波が魔法演算領域に過負荷を掛けなければいけない原因となった相手であり、達也を殺そうとした相手の名だ。深雪にとって、それだけで敵対するには十分すぎるくらいの理由だ。

 

 

「ああ。確たる根拠はない。だがヤツにとっては雪辱を成し遂げる格好の好機だ。それに新ソ連にとっても、隣国の戦略級魔法師である俺はぜひとも葬り去りたい相手に違いない。あの国が介入してくる可能性は高い。攻撃手段はトゥマーン・ボンバ、中距離ミサイル、それにミサイル潜水艦を送り込んでくると言ったあたりか。既に新ソ連の潜水艦がこの島近くまで来ているかもしれない」

 

「達也様の仰る通りだと思います」

 

 

 深雪は盲目的に追従しているわけではない。少なくともこの時は、自分の頭で考えて達也の推測に合理性を認めていた。

 

「襲いかかってくるなら、撃退するのは当然だ。無傷で返すなど、あり得ない。だがUSNAと新ソ連を同時に相手取るとなると、やり過ぎるわけにはいかない。終わった後のことを無視できない」

 

「ただ勝てばいいのではないと、お考えなのですね」

 

「エドワード・クラークとベゾブラゾフは、これを機に抹殺する。後顧の憂いを断つためにも、あの二人は生かしておけない」

 

 

 断固たる口調でそう聞かされ、深雪の表情が曇る。彼女はまだ、人殺しを無抵抗で受け入れられる程、擦れていなかった。しかし反対もしなかった。達也の言葉だから、ではない。話し合いが通じない相手もいると、彼女は自身の経験を通じて学んでいた。

 

「だがマテリアル・バーストは使いたくない。あの魔法は抵抗しようのない問答無用の虐殺というイメージが強すぎる」

 

 

 達也の口調に自虐的なニュアンスはない。彼が客観的な認識に立って自分の魔法を評価しているのが分かるので、深雪も反論しなかった。

 

「ではどのように撃退するのでしょう」

 

「USNAの戦闘艦や新ソ連の潜水艦は、破壊せずに無力化するのが望ましい。最終的に沈めるにしても、無力化したことを見せつけた後にしたい」

 

 

 達也の説明を聞いて、深雪の瞳に理解の光が点る。

 

「それを私にお任せくださるのですね? 分かりました。相手が何隻だろうと、氷漬けにして御覧に入れます」

 

 

 その美貌を凛々しく引き締めて、さながら戦神の信託を受けた聖少女のような佇まいで、深雪がきっぱりと告げる。

 ただその姿は、達也にとってあまり歓迎できるものではなかったようだ。その表情が一瞬、哀し気に翳る。それを隠すように、彼はポーカーフェイスの仮面を被って足下の鞄からクラシックな装飾が施された白銀の拳銃を取り出した。サイズは深雪の手でも軽々と持てる全長約十二センチ。ただし、銃口は無い。

 

「これは、特化型CADですか?」

 

 

 差し出された拳銃モドキを手に取って、深雪が小首を傾げる。卓越した魔法力を誇る深雪は、これまで特化型CADを必要としてこなかった。




彼女も十分最強ですから

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。