劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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別に戦ってるわけじゃない


エリカの勝機

 達也からの事情説明を聞いたレオが、割と平然とした顔で疑問を呈した。

 

「明日だろ? それにしちゃ、国防軍が動いているようには見えねぇけど」

 

「国防軍は動かない」

 

「何だってぇ……?」

 

 

 達也の答えに、レオは怒気を孕んだ唸り声を漏らした。だが達也が付け加えた言葉に、レオの怒気は霧散する。

 

「その方が俺たちにも都合が良い」

 

「……四葉家だけで迎撃するつもりか?」

 

「そうだ」

 

 

 達也が口にした「俺たち」というフレーズは、四葉家を意味したものではなかった。だが達也に、そこまで説明するつもりはなかった。

 

「達也、パラサイトが来ると言うのかい?」

 

 

 今度は幹比古から質問が飛ぶ。

 

「来る」

 

 

 達也は一言で幹比古の問いに答えた。理由の説明は無かったが、その言葉には有無を言わせぬ説得力があった。達也の回答を受けた幹比古のセリフも、根拠を求めるものではなかった。

 

「だったら……僕にも手伝わせてくれないか。古式の術者の端くれとして、妖魔の襲来を見過ごしにはできない」

 

「吉田くん!?」

 

 

 美月が思わず声を上げたのも、無理はない。幹比古の申し入れは、僅か三隻とはいえUSNAの軍艦を相手にする戦いに参加したいということなのだ。運が悪ければ命を落とす。そんな危ない真似を止めて欲しいと考えるのは、美月でなくても当然だろう。

 

「止めておけ、幹比古。お前が命を懸ける必要は無い」

 

 

 達也の答えに、美月が安堵した表情を見せる。幹比古は逆に、納得できないと言いたげな様子だ。

 

「心配しなくても、パラサイトは全滅させる。同化した元人間だけでなく、本体の方も、一匹たりとも逃がしはしない」

 

「でも達也くん。参戦させるかどうかは別にして、ミキをここに残すのは悪い考えじゃないと思うけど。当事者の証言だけじゃ弱いでしょ? 偶然居合わせた民間人の証言があった方が正当防衛を主張しやすいし、USNAのルール破りに説得力を持たせられるんじゃないかな」

 

「そうだな……一理ある」

 

 

 幹比古の代わりに反論したエリカの意見に、達也もすぐには退けなかった。

 

「だがそこまでする必要は無い。宣伝戦で優位に立てたとしても、お前たちの命を危険に曝すリスクに見合うだけのメリットがない」

 

「そうかなぁ」

 

 

 達也はエリカの主張を却下したが、エリカは幹比古と違って、簡単には引き下がらなかった。

 

「リスクって言うけど、達也くんは戦闘に参加しない、遊びに来ただけの友達を命が危なくなるような目に遭わせたりしないでしょう?」

 

「それはそうだが……」

 

「達也くん、この前ほのかのことを守ってくれるって言ったでしょ。守るのは、ほのかだけ?」

 

 

 エリカが持ち出したのは、ほのかがUSNAの非合法工作部隊『イリーガルMAP』に拉致された後、入院していたほのかの病室で雫に求められ交わした約束だ。その前日、彼が深雪とリーナに話した、ほのかだけでなくエリカや他の婚約者たち、美月やレオ、幹比古のような友人たちも四葉家次期当主となった自分の庇護下におくというプランは、エリカの知らない話であるはずだ。

 達也は思わず、深雪に疑惑の目を向け、深雪は「滅相もない」という表情で、首を小刻みに、なんども横に振った。

 そんな二人の言葉にならない遣り取りを、エリカはニヤニヤ笑いながら見ている。どうやらこの場は、エリカの読み勝ちであるようだ。

 

「……お客様の安全は保証する」

 

「じゃあさ、あたしも暫く泊めてくれない? せっかく四泊五日の受験合宿に行く準備をしてきたんだし、すぐに帰るのは嫌なんだよね」

 

「……自己責任だぞ」

 

「危ない真似はしないよ」

 

 

 あきらめの表情で釘をさす達也に、エリカは真面目な顔で応えた。

 

「あの、私も」

 

「じゃあ俺も」

 

「だったら私もだね」

 

 

 その直後。間髪を入れず、ほのかとレオが同時に声を上げ、二人の後二、雫がちゃっかりそう続けた。

 

「えっと……でしたら私も」

 

 

 最後に美月までもが、そう言いだした。達也が大きくため息を吐く。そして、水波へと振り向いた。

 

「水波、すぐに使えるゲストルームは何部屋だ?」

 

「少々お待ちください」

 

 

 水波が左手で耳元の髪をかき上げ、左耳に着けている音声通信ユニットのレシーバーに指を当てた。指紋認証式のウェアラブルスマートスピーカー、首に密着しているチョーカーで喉の振動を読み取ってコマンドを拾うタイプだ。据え置き式のスマートスピーカーがAIの操作に関係のない、プライバシーにかかわる会話までサーバーに取り込んでしまう「AI盗聴問題」を機に開発されたデバイスである。

 片手を口に当てた水波が、小声で達也の質問を繰り返す。水波はもう一度左耳のユニットに指を当ててスマートスピーカーを切断し、達也に顔を向けた。

 

「達也さま、ツインとシングルが一部屋ずつです」

 

「ではシングルにエリカ、ツインに幹比古とレオだ。ほのか、雫、美月は暗くなる前に自宅へ戻ってくれ」

 

「そんなぁ」

 

 

 今度は達也も友人たちに口を挿む余裕を与えない。ほのかが同情を誘う口調で抗議の声を上げたが、達也は黙殺した。

 

「――仕方ない。ほのか、実家に泊まりにおいで。美月も良かったらどうぞ」

 

 

 それ以上揉めなかったのは、雫のフォローのお陰に違いなかった。




雫もほのかも泊まりたいだろうに

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