厳しい表情に改まった蘇我は、真夜に視線を固定して真剣に話を聞く体勢を取った。
「いったい誰がその様なことを?」
「あくまでも噂ですが……それでもよろしいですか?」
「四葉家のご当主たる貴女が仰るのです。全くの事実無根というわけでもありますまい」
「そうですね……。一応、家の者に調べさせましたが……」
わざと言葉を濁す真夜に向かって、蘇我は殺気立った顔で身を乗り出した。
「是非とも、お教え願いたい」
「佐伯閣下ですわ」
真夜は、今度はもったいぶらなかった。
「佐伯が……?」
四葉家に対する敵対姿勢に転じた佐伯の名前が真夜の口から出たことに、蘇我は一瞬「讒言か?」という疑念を懐いた。だがすぐに「だからこそ」と思い直す。明確な敵意を向けてきた相手だからこそ、攻撃材料となるスキャンダルを調べ上げたのだろうと蘇我は考えたのだった。
「先ほど申し上げましたとおり、証拠はありません。ですが証人でしたら心当たりがございます」
「――誰ですか?」
「独立魔装大隊の藤林中尉さんです。実はこの『噂』は中尉さんからうかがいましたの」
ここで一つ、真夜は嘘を混ぜた。呂剛虎の件は響子の証言を得る前から掴んでいて、彼女には確認を取っただけだ。だがそんなことは蘇我にとっても、どうでも良いに違いない。
「藤林中尉さんは佐伯閣下の背任行為に心を痛めておいでで……九島閣下のご葬儀の際、偶々ご縁があって相談を受けたのです」
「そうでしたか」
九島烈の葬儀に真夜が出席していたことは蘇我も知っている。その知識が、彼の中で真夜の話に信憑性を与えていた。
「実は中尉さんからうかがった件がもう一つ」
そう言って真夜は、背後に控える葉山に目配せをする。つられて、蘇我も葉山に向いた。
「どうぞ、こちらを」
その視線を受けて、葉山は何時の間にか手にしていた大判の電子ペーパーを蘇我に差し出した。蘇我は戸惑うことなく、電子ペーパーの電源を入れる。ディスプレイはすぐに立ち上がった。そこに表示された報告書に目を通すなり、蘇我の表情が驚愕に染まる。
「藤林中尉のご相談は、こちらがメインでした。あの方にとっては血縁上の御身内と、お仕事上の御身内の双方が関与した不正行為。とても看過できなかったのでしょうね」
痛ましそうな声音で真夜がそう漏らす。報告書は、佐伯少将と九島真言が国防軍の予算を流用してパラサイドールの開発を続けていた事実を、証拠の画像付きで告発するものだった。
「これは……。佐伯少将、何という真似を……」
「私欲からではなく、佐伯閣下も真剣に国防の強化を考えられての行いなのでしょうけど」
「だからといって、許されることではありません」
蘇我は真夜に向き直って、深々と頭を下げた。
「四葉さん。このような重大事を内密に報せてくださったことに、深く感謝します」
「お役に立てて何よりです」
「この件が公になれば国防軍の権威は大きく損なわれかねません。ですので、佐伯を表立って処分することはできませんが四葉さんが御満足いくよう、本官が責任を持って処理するとお約束します」
「ええ、お任せします。最初からそのつもりで閣下をお招きしたのですから」
真夜は柔らかな笑みを浮かべていたが、彼女の瞳は「有耶無耶にしたら承知しない」という圧力を放っている。
「佐伯が画策している巳焼島への部隊配備も中止させますので」
蘇我が言わなくても良いことまで口走ってしまったのは、真夜の放つプレッシャーに呑まれてしまったからだと思われる。真夜は蘇我の失言を――巳焼島守備隊駐留の件は四葉家が知らないはずの秘密計画だ――笑みを浮かべたまま聞き流した。そしてややわざとらしく「そういえば」と声を上げる。
「藤林中尉さんと彼女が所属する部隊には、お咎めが下されないようお願いします」
「はっ……? それは無論ですが」
蘇我大将にはとぼけている様子は無い。
「安心しました。世の常として、内部告発は嫌われがちですから」
しかし真夜の指摘を聞いて「なるほど」と言わんばかりの表情を浮かべた。
「ですが閣下、懸念は残ります。佐伯閣下は賢い方ですから、ご自分に不利な証言をしたのが誰なのかお気付きになってしまうと思いますの。そうなった時、藤林中尉だけでなく彼女の所属する部隊までもが佐伯閣下の報復対象になってしまわないでしょうか」
「いや、まさか佐伯がそこまで……」
「佐伯閣下の、当家に対する為さりようをご覧になっても?」
「……っ」
蘇我は焦って反論しようとしたが、真夜の追撃に言葉を詰まらせてしまう。四葉家は国防軍が巳焼島に守備隊を『四葉家の許可無く』駐留させようとしていることを知っていると思われる追撃に、蘇我は四葉家と全面対立する未来が訪れてしまうのではないかと思ったからだったが、真夜の表情からは敵対するような感じは受け取れなかった。
「藤林中尉や彼女の所属する部隊が報復対象にならないようにするご提案があるのですけど」
「……うかがいましょう」
蘇我は警戒感を露わにしながら、真夜に続きを促した。
真夜の白々しい感じに気付けないとは