劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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適材適所ではある


基地司令代行の任命

 カノープスへと向いていた議長の視線がリーナに向けられ、議長は何か期待するような目でリーナに話しかける。

 

『シリウス少佐。正式に後任が決まるまで、総隊長に加えて基地司令官を貴官に任せたいと思うがどうだろう』

 

「恐れながら議長閣下。小官には基地司令の任に堪える経験がありません」

 

『自ら経験不足と申告するか……潔いことだ』

 

 

 リーナの応えに面白そうに呟いた議長に続いて、副議長がリーナに問いかける。

 

『シリウス少佐。では誰が基地司令代行に相応しいと思う?』

 

「スターズ外の人事は、小官が口を挿むべきことではないと存じます」

 

『少佐の言はもっともだが、どうせ応急的な人事だ。そこまで堅く考える必要は無い。遠慮なく、貴官の所見を述べたまえ』

 

「ハッ、お言葉に甘えて申し上げます。経験に加えて専門的な士官教育を受けている点を鑑み、基地司令代行にはカノープス少佐が相応しいと考えます」

 

 

 リーナの推挙はカノープスにとって唐突な物だったが、参謀本部の幹部にとっては、突拍子もないものではなく、むしろ妥当な意見だと感じられたようだ。

 

『シリウス少佐の意見を採用しよう』

 

 

 ただこの決定はリーナの推薦によるものばかりではなく、クッションの効いた椅子の上に無言で控えているカーティス上院議員の存在も大きかったと思われる。

 

『基地司令官代行にはカノープス少佐を任命する』

 

 

 その証拠にカノープスを指名した議長の目は、立っているカノープスの横に座るカーティスに向けられていた。

 

『カノープス少佐。正式な辞令は後日になるが、司令官代行就任に伴い、貴官には第一隊隊長を外れてもらうことになる。同時に、司令官代行に相応しい階級を与えるつもりだ。これまで貴官の階級は、総隊長であるシリウス少佐との兼ね合いで低く抑えさせてもらっていた。だが貴官の実績と能力を正当に評価すれば、とうに大佐に昇進していて然るべきだった。この人事の歪みを正すには良い機会だ。「代行」の文字が外れる日も遠くないと考えておいてくれ』

 

「……ハッ。ありがとうございます、閣下。謹んで拝命します」

 

 

 直立不動の姿勢を取るカノープス。議長、副議長、参謀総長が頷き返し、通信が遮断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナとカーティスがカノープスの基地司令官代行就任と大佐昇進内定を祝う一方で、ウォーカーが副官を連れて司令官室から退出する。リーナもカノープスも、それを引き止めなかった。

 

「ベン。司令官席に着いてください」

 

 

 ウォーカーを引き止める代わりに、リーナはカノープスに司令官デスクへの着席を促した。躊躇うカノープスに、ワイアット・カーティスが「司令官が空席なのは問題だ」と急き立てる。その圧力に屈する形で、カノープスはウォーカーが使っていた椅子に腰を下ろした。

 アンジー・シリウスが満足げに頷き、その仮面を外す。赤毛が金髪に、金色の瞳が鮮やかな青に。背が縮み、身体付きが華奢になり、アンジー・シリウス少佐が消えて、九島リーナが本来の姿を取り戻した。

 

「ベン。記念すべき最初のお仕事がこの様なものになってしまうのは心苦しいのですけど」

 

「総隊長殿……?」

 

「基地司令代行閣下。これを受け取ってください」

 

 

 リーナが懐から封筒を取り出す。カノープスに差し出されたそれには「退役届」と書かれていた。

 

「総隊長殿、これは!?」

 

「今回の叛乱はパラサイトが一方的に起こしたものですが、私の存在が切っ掛けになったのも事実です。私はスターズの総隊長に相応しくありません」

 

「だから責任を取って辞めると言うのですか!?」

 

「というのは、口実です」

 

「……はっ?」

 

「私がスターズの正規隊員になったのは十二歳の時でした。軍にスカウトされて訓練所に入ったのはそのさらに二年前です。訓練所入所から数えればおよそ八年間、私は軍以外の世界を知らずに過ごしてきました。去年の冬の、三ヵ月を除いて」

 

 

 その三ヵ月間が達也の正体を探る為に日本で過ごした日々だと、説明されなくてもカノープスは理解した。

 

「ベン、私はもう、脱走兵や重犯罪魔法師を狩るのに疲れました。本当は犯罪者の処分なんてしたくないのだと、あの時に気づかされてしまったのです」

 

「リーナ……」

 

 

 カノープスがリーナを愛称で呼ぶ。「総隊長殿」ではなく。

 

「そして再び日本に行って、私はもう自分を偽れなくなってしまいました。だから、私に余計な知恵を付けたあの二人に責任を取ってもらおうと思っています」

 

「………」

 

「無責任だという自覚はありますが、小娘の我が儘だと思って見逃してください」

 

「……連邦軍を辞めて、どうなさるおつもりですか?」

 

「日本で残り少ないハイスクールライフを満喫し、その後は女の子の夢であるお嫁さんライフを満喫したいと思っています」

 

 

 カノープスの問いかけに、リーナは屈託のない、本物の笑顔で答える。

 

「……良いですね。それは良い。リーナ、貴女に心から楽しいと思える日々が待っていることを、私に祈らせてください」

 

 

 心からの祝福と共に、カノープスは「アンジー・シリウスの退役届」を受け取った。――こうしてエドワード・クラークの巳焼島侵攻作戦は、新たな戦力となるパラサイトの供給元、スターズ、スターダストのバックアップを失った。




カノープスは良い上役になるだろうな

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