劣等生の兄は人気者   作:猫林13世

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意外なのは分かる


独占欲

 変化はすぐに訪れた。姿見に映る深雪はハイレグタイプのワンピースを身に着けていた。ARグラスを通した達也の視界にも、深雪の同じ姿が映っている。白地に大きな南国の花がデザインされた、少し大人っぽい水着だ。だからといって少しも背伸びをしている感はない。このところ日に日に色気を増している深雪には、少し物足りないくらいだ。

 深雪がその場でゆっくりとターンする。ちょうど一回転してARディスプレイと正面から向き合った深雪が、首だけ達也へと振り向いて尋ねる。

 

「……如何でしょうか?」

 

「そうだな……」

 

 

 達也は心に浮かんだ感想をそのまま伝えようとして、ふと別のことに気を取られた。

 

「いや、少し待ってくれ」

 

「はい……?」

 

 

 いきなりシリアスな声を出した達也に、深雪は不得要領な様子だ。

 

「水波」

 

「はい」

 

 

 不意に名を呼ばれた水波も、深雪と似たような表情を浮かべている。達也は水波を更に困惑させる問いを放った。

 

「使用しているカタログはオンラインデータか?」

 

「はい、そうですが……」

 

 

 試着に使うARデータはダウンロードすることもできる。だがそうする者はほとんどいない。データ量もさることながら、実物を試着しているのと変わらない完璧なAR映像を合成するのに必要な演算リソースを一般家庭で確保するのが難しいからだ。

 試着する者のボディラインは一人一人違う。それに試着中は、じっと動かずにいるわけではない。見え方を確かめる為に、様々なポーズを取る。その動作も百人いれば百通りだ。そういう細かい差異をパターン化せずにその都度一から計算するのは、この時代のコンピューターを以てしても決して簡単ではなかった。

 故にこのシステムの利用者は、ほぼ全員がサーバー側で合成したリアルタイムの映像をオンラインでディスプレイに映し出して使っている。深雪たちも特に迷わずオンラインデータを使用していた。そういう事情だから、達也の命令は水波を大層困惑させるものだった。

 

「いったん回線を切断してくれ。カタログをダウンロードして、オフラインに変更する」

 

「……ダウンロードにはかなり時間が掛かると思われますが?」

 

「これは一般消費者向けのサービスなのだろう? このビルの回線速度ならばそんなに時間は掛からない」

 

 

 このビルは四葉家の司令塔の一つとして、軍事施設に匹敵する情報インフラが備わっている。平均的な家庭用ネットワークでタイムラグ無しに合成映像を閲覧できるなら、その元になっているデータ数が四桁に上ろうと、短時間でダウンロードできるはずだ。

 

「かしこまりました」

 

 

 水波はそれを理解した印に、達也に向かって一礼した。そしてすぐに、試着用カタログのダウンロードに取り掛かる。

 その一方で白のビキニ姿に戻った深雪が、達也の傍らに歩み寄って頭を下げる。

 

「達也様、申し訳ございません。バイオメトリクス認証に利用される可能性がある身体データのオンライン送信を許すのは、私の立場では不用心でした」

 

 

 深雪は達也の中止命令を、四葉家次期当主の婚約者が守るべきセキュリティ確保の措置だと解釈して謝罪した。しかし彼女の言葉を聞いて、達也は軽く意表を突かれたような表情を浮かべた。

 

「いや、それだけではないのだが……」

 

「?」

 

 

 それだけでは、といいながら、主な目的は別にあったような口ぶりに、深雪が訝し気な眼差しを達也に向ける。

 

「AR映像合成は自動的に処理されるとはいえ、サーバーに保存されているデータを運営会社の人間が閲覧しないという保証は無い」

 

「……そうですね。利用規約では人の目に触れないことになっていますが、データが流用される可能性は無視できません。達也様はそれが悪用される事態を懸念されたのでしょうか?」

 

「それも、ある。だがそれ以上にお前の姿が、何処の誰とも知れぬ男の目に曝されるのが、多分、俺は不愉快なのだろう」

 

 

 自分のことであるにも拘わらず、達也の口調は確信に欠けていた。その言葉をどう解釈すれば良いのかと深雪が戸惑う。そこへ水波が、事務的な口調で口を挿む。

 

「達也さま、深雪様。ダウンロード、およびオフライン設定が完了しました」

 

 

 そして意外そうに付け加える。

 

「こう申し上げては失礼かもしれませんが、驚きました。達也さまにも独占欲がお有りだったのですね」

 

 

 水波の指摘に達也が目を見張る。そして「腑に落ちた」と言わんばかりの表情を浮かべた。

 

「そうか……。これが独占欲なのか。これが、独占欲か……」

 

 

 しみじみと呟く達也の前では、深雪が耳まで真っ赤に染め上げて俯いている。両手を重ねて胸の真ん中を抑える彼女の顔は、心の底から嬉しそうな笑みに彩られていた。

 

「達也さま、そろそろ再開してもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ、頼む。深雪も問題ないな?」

 

「は、はい! 達也様がよろしいのでしたら、私は何時でも大丈夫です」

 

 

 試着を再開した深雪の耳元に水波が小声で何かを告げると、一度収まり掛けた深雪の耳までの赤味が更にました。達也には聞こえなかったが、水波は小声で――

 

「今のところ達也さまが独占欲を発揮しているのは深雪様だけのようです」

 

 

――と告げたのだ。そのことが嬉しくもあり恥ずかしくもありで、深雪は終始顔を真っ赤にしながら試着を続けたのだが、達也は自分に見られているのが恥ずかしいのだろうと解釈して、深く追求することはなかった。




水波の追撃が大ダメージですね

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