ペンタゴンから話が通っていたのだろう。基地にはすぐに入ることができた。それだけではない。クラークは今、最新鋭艦の中枢に招かれていた。
「ようこそ、ドクター」
指揮官席から立ち上がった女性士官は、クラークをそう呼んだ。
「私はこの強襲揚陸艦グアムの艦長、アニー・マーキス大佐です」
マーキス大佐の挙手礼を受けて、クラークは丁寧なお辞儀を返した。
「初めまして、マーキス大佐。国家科学局のエドワード・クラークです。この度はよろしくお願いします」
クラークは相手の為に歩み寄ろうとして、一歩目を踏み出す前に止めた。この時代でも女性の艦長は珍しい。正直なところ、クラークはマーキスにどう接するべきか戸惑っていた。そんなクラークの態度はマーキスにとって見慣れたものなのだろう。何ら気に掛けた素振りもなく、クラークに向かい側の席を勧めて指揮官席に座り直した。
「早速ですが、ドクター。私は貴方の意向を最大限適えるよう作戦本部から直接命じられています。出動目的も貴方から聞くように、と」
マーキスはクラークに鋭い視線を向けながら、そう切り出した。
「艦隊司令部を飛び越えて作戦本部が一艦長に直接命令を下すのは異例なことです。ドクター、貴方は本艦に何をさせたいのですか?」
マーキスの問いかけにクラークは一言、「大いなる脅威の排除」と答えた。当然これだけで艦長が納得するはずはない。
「もう少し具体的にお願いします。まず、目的地は何処ですか」
マーキスは忍耐強い性格のようだ。彼女は声を荒げることもなくこう尋ねた。
「……目的地は東京の南南東約百八十キロ。現地名で『巳焼島』と呼ばれる島です」
クラークは少し戸惑った素振りを見せたが、結局正直に答えた。彼は同盟国の領土を攻撃すると聞いたマーキス艦長が任務をボイコットすることを恐れたのだが、どうせ出航の段階で目的地を告げなければならないとすぐに気付いたのだ。
「――ではドクターの仰る『脅威』とは、司波達也のことですか」
マーキスがほとんど時間を掛けずに正解にたどり着いたのは、クラークが達也に固執していたのをマスコミ報道で知っていたからだ。表向きは金星開発の為に必要な人材を求めるという態を取っていたが、軍事的な視点を持つ者にはクラークが達也をUSNAの支配下に置こうとしている意図が見え透いていた。
隠していた狙いを言い当てられて、クラークは一瞬、顔を強張らせる。しかし彼が動揺を見せたのは、精々一秒に満たない時間のことだった。
「司波達也は一昨年十月末に、朝鮮半島南端で大量破壊を引き起こした質量・エネルギー変換魔法の遣い手です」
マーキス艦長が目を見開く。今度は彼女が驚きを露わにする番だ。『マテリアル・バースト』に関する情報を、彼女は持っていなかった。
「質量・エネルギー変換魔法……『灼熱のハロウィン』の? 確かな情報ですか、それは?」
「確かです。しかも日本政府は司波達也をコントロールできていません。あの者の存在は政治的に不安定で、あまりにも危険です。実際に脅威と化してからでは遅すぎます。今の内に除いておかなければ」
クラークの執念が熱く黒い情念の炎となってマーキスを呑み込む。
「……ドクターのお考えは分かりました」
圧倒されたように、マーキス艦長は頷いた。
「しかしそれならば、本艦のような強襲揚陸艦より遠距離攻撃能力を持つミサイル艦や対地飽和攻撃力を有する砲撃艦のほうが良かったのでは?」
艦長が言う砲撃艦は前回の大戦(第三次世界大戦)で出現したフレミングランチャーを主武装とする戦闘艦のことだ。フレミングランチャーはレールガンを大型化し、弾速より連射性に重きを置いた艦載兵器。大型爆弾を速射砲並みの連続発射速度で射出し、主として地上の固定目標に飽和攻撃を行う。
拠点制圧ではなく破壊・抹殺が目的なら、艦長の言う通り上陸作戦を任務とする強襲揚陸艦よりミサイル艦や砲撃艦が適しているだろう――普通の相手ならば。
「爆撃では仕留めきれない可能性が高い。確実に抹殺する必要があるのです」
「それ程の相手ですか……」
マーキス艦長が、戦慄に捕らわれた表情で呟く。
「上陸要員はこちらで用意しています。艦長はすぐに出港できるよう、準備を終わらせてください」
「了解しました。明日の正午には出港できるよう、準備を整えます」
マーキスから、それ以上の質問や反論は無かった。クラークは「お願いします」とだけ告げ、グアムを後にした。
「もうすぐだ。もうすぐ憎き司波達也を無力化することが――抹殺することができる。マーキス艦長は納得いっていない様子だったが、恒星炉プラントが実用化されてしまえば、私の立場は無くなるし、あの男がディオーネー計画の真の目的を公表しないとも限らない。そうなる前に消えてもらわなければいけないのだ」
マーキスに話したことは全てではない。達也がマテリアル・バーストの遣い手であることには間違いないが、彼は無遠慮に戦略級魔法を放つようなことはしない。それは佐伯に話した通りであり、クラークも達也が見境なく戦略級魔法を放つことはしないだろうと分かってはいる。だが潜在的な脅威を抱えたまま生きるのは辛いものがある。クラークは自分の意のままに動かないのなら消し去るしかないという、パラサイトに寄生されたような思考をしていたのだった。
これが自我だから性質が悪い